《前回までのあらすじ》

「ボクは、王子様になる!」「天上ウテナ」は、密かな思い出と決意を胸に名門鳳学園中等部に入学した。男子の制服を着る変わった女の子だった。ある日彼女は生徒会が行っている『決闘ゲーム』に巻き込まれ、『薔薇の花嫁』と呼ばれる「姫宮アンシー」を守る為に決闘場で闘う事になってしまう。だがその類まれな能力で彼女は決闘を挑んでくる生徒会メンバー達、「桐生冬芽」「西園寺恭一」「有栖川樹璃」「薫幹」「桐生七美」の挑戦をことごとく退けてきた。『決闘の勝者』には、『世界を革命する力』が与えられるといわれているが、果たして・・・?

最近は、その挑戦者が意外に人物になってきていた。「鳳香苗」「薫梢」「高槻枝織」「石蕗美蔓」「篠原若葉」「苑田茎子」・・・。彼らの胸には、『黒薔薇』がつけられていた。更にその陰で、謎の者達が暗躍をしていた。決闘に関わった生徒達を監禁し、尋問を掛け、他の生徒達にも暴行を加えていた。彼らもまた『世界を革命する力』を求めてやってきたのだった。転校生として、謎の女生徒2人が侵入してきた。これを受け入れた鳳学園理事長代理である「鳳暁生」は、対抗手段としてある一手を講じた。

次の日、その女の子は鳳学園に現れた。彼女の名は、「如月ハニー」。冬芽は彼女と謎の転校生2人の関係を探るべく、舞踏会を開催する事にした。華やかな衣装で舞踏会の注目を集めたハニー。しかし「神崎姫子」と「神武子」の登場と共に会の雰囲気も壊されてしまった。彼らに異常な危機感を抱いた西園寺は、真剣で切りかかるが巨体の武子の動作一つで会場の外まで吹き飛ばされてしまった!ハニーは、ウテナ達と同じ東館の女子寮に入室した。続いて鳳学園では「アルフォンヌ先生」「常似ミハル先生」の恩師達も登場(笑)!そして西園寺いるの道場では、謎の道場破りが彼に立合いを挑んできた!一方、お昼休みに中庭で楽しく昼食を採るウテナ達。突然、ハニーが理事長室に呼び出され、ウテナとアンシーもついて行く。理事長室では、姫子と武子が、暁生に『決闘ゲーム』参加の承認を迫っていた。暁生は、彼女達に研究室の「御影草時」を訪ねる様にと、『薔薇の刻印』の入ったメッセージカードを渡す。同じ部屋でウテナ達とバッタリ遭遇するが、今回は何も起きなかった。

教室に戻ったハニーは、授業に退屈して学園脱走を企てる。ミハルとアルフォンヌの妨害をかい潜って、大胆にも学校を出てしまった。一方姫子と武子達は、暁生に指定された場所に来ていた。遺体焼却場で、彼女達は『黒薔薇の刻印』の入った指輪を手に入れていた。学校に戻ったハニーは、ウテナとバスケットボールで対決。無敵だったウテナを圧倒する。下校しようとする時、再び姫子達と出くわすが、何事もなく去ろうとした武子が落した「黒薔薇の刻印」のは行った指輪を、若葉は何気なく拾って返してしまう。校門を出時、ハニーにまた来訪者があった。訪ねてきた「早見青児」より、ハニーは『王子と魔女の物語』を聞く。続いて東館に帰ったハニーを待っていたのは「早見団兵衛」「早見順平」!彼らも、そのままウテナ達の東館に居候してしまった。その世、ハニーはウテナが鳳学園に来た理由を彼女の口から聞く。

次の日、ハニーもウテナの真似をして男子制服に着替えて登校する。しかし学園の校門には、人だかりが出来て中に入れない。見ると、「早見直次郎」が聖パラダイス学園の生徒達を連れて乗り込んでいたのだった。直次郎達に帰るように言うハニー。「足手まといになる」という理由を示す為に、ウテナを相手にケンカをする者を集う。結局パラダイス学園男子生徒達と鳳学園生徒会の大喧嘩となったが、これは生徒会の圧勝となる。枝織に焚き付けられ、樹璃はハニーにフェンシングでの立会いを迫る。その昼休み、幹と共にウォーミングアップをする樹璃の元にフェンシングスタイルをした謎の女が現れた。樹璃は自信満々で挑んだが、惨敗に終わる。

そして午後の授業中、アンシーがハニーから託ったというメッセージカードをウテナ達は開くと、何と「学園脱走」の指令が書かれていた(笑)!アンシーの仮病をきっかけにウテナ達は教室を脱出、ハニーと合流し、ミハル、アルフォンヌ、「みょうばん」の妨害を潜り抜けたかに見えたが、結局大胆な脱走劇になってしまった(笑)。早見一家と梢と合流したウテナ達は、樹璃御用達のボーリング場にて大ボーリング大会。ここでウテナ対ハニーのボウリング対決での第2ラウンド。結局&直次郎ペアが最下位となり、梢はみんなのサ店代を払う羽目になった。帰りにプリクラで記念撮影をし、一知事学園に戻ったウテナに待ち受けていたのは、『決闘ゲーム』の案内状だった!

《薔薇の伝言》

〈ウテナ〉「もういいの、姫宮?」

下駄箱で待ち合わせたアンシーが戻ってきた。ウテナ、ハニー、若葉達は女子トイレに制服を取りに行っていた。

〈アンシー〉「ええ、すいませんでした皆さん。」

ハニーと若葉は出口のあたりで待っていたが、ウテナは廊下側で一人アンシーを待っていた。

〈ハニー〉「じゃあ、帰りましょうか。」

アンシーが戻ったのを見ると、ハニーはウテナの方へ寄って来た。

〈ウテナ〉「はい。」

ウテナは、靴を履きかえる為にロッカーの扉を開けた。

〈ウテナ〉「…ハニーさん、すいません。先に帰っていて下さい。」

〈ハニー〉「?…どうしたの?」

ウテナのロッカーには、メッセージカードが入っていた。

 

エンゲージする者へ

決闘広場で待つ

 

《影絵劇場カシラ1へ!》

《決闘広場へ》

校門で早見団兵衛、順平、直次郎と若葉は、ハニーとウテナ、アンシー達を待っていた。戻って来たのはハニーだけだった。だが彼女の前にも、赤い髪の男が立ちはだかった。

〈若葉〉「あれ?冬芽先輩だわ。」

ハニーは彼の前で立ち止まり、何か話している。そして小走りで校門の方へ戻ってきた。

〈ハニー〉「ゴメンナサイ!ちょっと用事があるから、先に帰っていてくれるカシラ。」

直次郎の方を見た。

〈ハニー〉「直次郎、順平ちゃん。若葉ちゃんをチャンと寮まで送ってあげてね。」

ハニーの表情にキリリとした緊張感があった。早見一家は何かあることを直感した。

〈直次郎〉「はいよ。」

軽く応えた直次郎だったが、団兵衛と順平に目配せをした。

〈順平〉「さっ、お姉様!愛の戦士のこの僕が、お家にお送りしますヨ!」

順平は、若葉の手を取って歩き始めた。

〈若葉〉「な、なぁにぃ〜?あ、でも私晩ゴハンのオカズ買って帰らなくっちゃあ…」

〈順平〉「あっ、いいですねぇ!僕、お姉様の手料理が食べてみたぁ〜い!」〈若葉〉「エ〜ッ!私んチに来るの〜?!」〈団兵衛〉「ヨッシャ〜ッ!今日は若葉殿の部屋で大宴会じゃあーっ!!」順平は、チラリと後ろを振り返った。ハニーは、冬芽と共に校舎へ向かっていた。

◇ ◇ ◇

学園の一番北側にある林に、ウテナは来ていた。何故かここは柵で敷きられ、門に閉ざされ立ち入り禁止となっている。石段を登ると、門の大きな取っ手を握ると、まるで泉のように取っ手の石板が小さく波打ち、水滴が現れ握る左手の指環の紋章に当たってはじけた。

ゴゴゴゴゴゴ…

地響きを立てながら門が開き、上部のドームが花弁を開くように薔薇の花の形になった。その奥には、搭の周りに付いた長い長い螺旋階段が続いている。

絶対運命黙示録

絶対運命黙示録

出生登録・洗礼名簿・死亡登録

絶対運命黙示録

絶対運命黙示録

わたしの誕生・絶対誕生・黙示録

闇の砂漠に 燦羽・宇葉

筋のメッキの桃源郷

昼と夜とが逆周り

時のメッキの失楽園

ウテナは螺旋階段の頂上にある、決闘広場に向かって歩を進めた。既に広場では赤いドレスで正装したアンシーがいて、彼女が祈りながら手をかざすと、ウテナの制服が決闘衣装に飾られていく。肩章と房の飾り、上着の裾にフリル…

ソドムの闇

光の闇

彼方の闇

果てなき闇

絶対運命黙示録

絶対運命黙示闇・黙示録

もくし くしも しもく くもしもしく しくも

もくし くしもしもく くもしもしく しくも

ブゥオオオ…

林の中であるはずなのに、ウテナは巨大な搭の頂上にある決闘広場に辿り着いた。その瞬間、いつも風のうなりと真昼の強い光がウテナに降りかかってくる。夕刻であるにも関わらず。目を細めてアーチを潜ると、広い石畳の決闘広場に入っていった。今回は、何もない。石畳だけだった。頭上の青空には、幻の城が浮かんでいる。

《今回の挑戦者》

その先に立つ人物の姿を見た時、ウテナの足元から強い震えが全身に走った。スラリとした長身、紫の衣装、コバルトブルーの髪とアイシャドウ、

神崎姫子だった。

左胸には、黒い薔薇が付けられている。

〈ウテナ〉「あ、あなたがまさか…」

〈姫子〉「この黒薔薇に賭けて誓う。この決闘に勝ち

…薔薇の花嫁に死を!」

姫子は実に落ち着いて、自らの剣をウテナの方へ突き出した。

最近は、黒い薔薇を付けたデュエリスト(決闘者)がウテナの前に現れる。しかも彼女の近くにいる意外な人物であったりして、ウテナをかなり動揺させていた。しかしこれは、それとも明らかに違う。長身とはいえ、今ウテナの目には姫子が巨人のように映っていた。彼女の存在が、異質過ぎるのだった。

〈アンシー〉「…ウテナ様。」

アンシーに声を掛けられるまで、彼女が傍に立っていることにも気付かなかった。アンシーは、ウテナの左胸の金具に白い薔薇を付けた。彼女の眼差しは、いつも決闘に挑むウテナの心を落ち着かせてくれる。そして静かに微笑んだ。

〈アンシー〉「気高き白薔薇よ…」

天にかざした手を自分の胸に当てると、アンシーの胸から光りが現れた。

〈アンシー〉「私に眠るディオスの力よ。今こそ示せ…」

胸の光から、剣の柄が飛び出した。ウテナは、その剣を握り引き抜く!〈ウテナ&アンシー〉

「世界を革命する力を!」

アンシーの胸より剣が現れても、姫子に何も動揺はなかった。ただそのまま剣を突き出し、その様を見ていた。ゆったりと構えているというよりは、ただ立っているだけの様にも見える。しかしウテナの方はそうではなかった。剣を手にした瞬間、両足が僅かに震えるのを感じていた。

 

〈冬芽〉「君にも、我々の決闘を見ておいてもらう必要があると思ってね。」

冬芽は、決闘広場が見えるバルコニーに来ていた。手で広場を示し、胸ポケットからオペラグラスを取り出した。金細工で棒の先に双眼鏡が付いている物だ。

〈ハニー〉「いいえ、私は要らないわ。」

ハニーは、静かに決闘広場の方を見ていた。小さくウテナ、アンシー、そして姫子が見える。彼女には、肉眼でもはっきりとその様子が見えていた。冬芽はバルコニーの柵に片足を乗せて、やや身を前屈みにしてオペラグラスを優雅に眼に当てた。

ウテナは、身体を低くして剣を構えた。手の平が汗ばんでくるのが解る。おそらく数秒の間だったはずであるが、ウテナには長い時間に感じた。

〈ウテナ〉「ハッ!」

そして素早く仕掛けた!鋭く踏み込んでの突きである。しかし姫子は、剣を突き出したまま動かなかった。ウテナの剣は、真っ直ぐ彼女の胸の黒薔薇を貫こうとしている!

ギャキィィーン!!

一瞬、ウテナは何が起こったのか分からなかった。物凄い衝撃で後ろに飛ばされ、倒れてしまった。右手が痺れ、剣は彼女の手元からなくなってた。

〈ウテナ〉「?!」

ヒュン!

慌てて上体を起こしたウテナの目前に、何か光が閃いた。

…胸の白薔薇が散っていく?!

姫子は指先で自分の剣を3回回すと、腰のさやに収めた。彼女にとっては何気ない物であるが、その動きは人間業ではない素早さであった。

〈姫子〉「…これが、おまえ達の決闘か。我らからすれば、ただのママゴトに過ぎぬ。」

カラン!カラン!カラン!カラン!

決闘の終わりを告げるように、校舎の鐘が鳴り響く。ウテナの眼には、白薔薇がゆっくりと散っていく様に見えていた。そして自分がとんでもないことをしてしまったことに気付いたのであった。

〈姫子〉「あっはっはっはっは!やった!『世界を革命する力』が、このわたしの手に!!」

姫子は、両手を掲げて空の幻の城を仰いだ。クールな姫子らしからぬ、喜び様であった。ウテナは動くことが出来なかった。ただ眼前に落ちた白薔薇の花びらを見つめているだけであった。姫子の笑い声が、魔女か悪魔の声のように頭の中に響く。ウテナの身体がガクガクと震え出していた。

〈姫子〉「ああ、長き旅が終わる!わたしの人生が報われる時!今日は最高の日だ!あっはっはっは!」

姫子は、頭上の幻の城を見上げて笑い続けていたが、少しすると何かに気付き冷静に戻った。

〈姫子〉「…いや、違うな。」

沈着冷静な彼女にしては、実に甘い考えをした物であると自ら心の中で恥じた。喜びに浮かれて大事な事を忘れていたのだ。ウテナの背後に控える、彼女の野望に立ちはだかる者が…

〈姫子〉「…そう、あの女がいる!」

この時、姫子は始めてこの決闘を見つめる者がいることに気付いた。普段の彼女であれば、絶対に見落とす事はない。決闘の勝者としての、天上ウテナに最大の注意を払っていたのだった。

《次の決闘へ》

〈冬芽〉「うっ?!」

冬芽は、オペラグラスで見ていたにもかかわらず、姫子と眼が合ってしまった。彼女は、この隔たれた距離で冬芽と視線を合わせたのだ。そしてすぐに、その視線は横に逸れた。彼の隣には、ハニーが立っている。そのしなやかな脚線と、肉感的なボディラインを舐めるように冬芽は見上げ、彼女を見た。実に凛々しい立ち姿であった。バルコニーの二人に、何故か突然一陣の風が吹きつける。まるで姫子の闘気が襲ってくるようであった。ハニーは右手で風になびく髪を押さえながら、姫子から視線を反らさなかった。睨むのではなく、ただ姫子を見ていた。

〈冬芽〉…こいつらは違う。全く俺達とは違うのだ!

 

〈姫子〉「…フッフッフッ。次は本当の決闘になるだろう。」

姫子はウテナに背を向け、決闘場の階段へ歩き始めた。アンシーは、静かにウテナの傍に歩み寄った。

〈アンシー〉「…さようなら。天上さん。」

ウテナは、アンシーの声にハッと眼を上げた。

〈アンシー〉「…さようなら。天上さん。」

見上げたアンシーの顔は、何故か穏やかだった。優しく微笑みかけていた。

〈アンシー〉「…お元気で。」

ドレスの裾を上げ軽く会釈をすると、背を向けて姫子の後を付いていった。姫子は、アンシーのことなど気にも留めない様に階段を降りていく。

〈ウテナ〉「…姫宮…」

アンシーは振り返らず、姫子が消えた階段を降りていく。その姿を追うウテナの眼が雲って、とうとう彼女の姿は見えなくなった。

〈ウテナ〉「姫宮ぁ〜っ!!」

今さら手を伸ばしても、もう彼女に届くはずもなかった。

《カミナリ姉妹》

結局若葉の部屋に早見一家は押しかけて、一晩大宴会だった。騒ぎ疲れと酔いで、皆床でザコ寝している。直次郎達の大きなイビキにも関わらず、若葉も静かにベッドの中で寝入っていた。団兵衛は壁に背を預け、アグラをかき腕を組んで座ったような姿勢のまま眠っている。大きな鼻の穴から、ハナチョウチンが膨らんだりしぼんだりしていた。

カチカチッ≠ニ小さな音の後、突然部屋のドアが僅かに開いた。先程までのバカヅラが消え、団兵衛の左眼はドアの方を見ていた。

〈ハニー〉「…オジ様。」

開いたドアから、ハニーが顔だけを覗かせた。

〈団兵衛〉「おお、ハニーちゃんかい。」

ハニーに合わせて、団兵衛の声も控えめである。

〈団兵衛〉「特に変わった事はなかったがの…。」

〈ハニー〉「そう。じゃあこっちはお願いね。」

〈団兵衛〉「あいよ。」

ドアは静かに閉まった。

◇ ◇ ◇

 

…ハニーちゃん…

「ナッちゃん!しっかりしてナッちゃん!」

…よかった…

「えっ?」

だって…ハニーちゃんが無事だったんだモン…

「当たり前よ!あなたや私が

死んだりするものですか!

…そうでしょ?ナッちゃん。」

もちろん。私だってちょっぴり怪我しただけ…

どっこも痛くないの。

…ハニーちゃんどこにいるの?

「ここよ…眼の前よ。」

やだぁ、電気なんか消しちゃって。

…真っ暗だわ…

でもハニーちゃんの顔だけはっきり見えるの…おかしいわね…

「あっ!ナッちゃん?!

ナッちゃん?!

ああああ〜っ!!」

「ねぇ!ハニーお姉様?!ハニーお姉様!!

ねぇ、お姉様早く!焼け死んじゃうよ!!」

「ほっといて!

私もナッちゃんと一緒に死ぬっ!!」

「バカなことを言うなっ!!

眼を覚ますんだハニー!

君が死んだら、

誰がパンサークローと闘うんだ?!

…君が死んで、

ナッちゃんが喜ぶと思うのか?」

 

◇ ◇ ◇

 

決闘広場から寮の自室までどう戻ってきたのか、ウテナ自身覚えていなかった。ただ夢遊病者のように歩いてたどり着いたのだった。気が付くとベッドに横たわっていた。陽はすっかりと落ちて、窓から星空の中に月が見えている。月にかかる雲の流れを、ただ眺めていた。

〈ウテナ〉「…姫宮…」

ウテナの身体は、込み上げてくる物で震えるようであった。

〈ハニー〉「おっ!まだ起きているな?」

〈ウテナ〉「うわぁっ?!」

突然ハニーの顔が眼の前に現れた。驚いたウテナは、ベッドの壁際へ飛びのいた。

〈ウテナ〉「ハ、ハニーさん?!いつからここに?!」

上体を起こして自分の体に触れた時、ウテナは学生服のままだったことに気付いた。

〈ハニー〉「ついさっきからだけど?」

ハニーは、ウテナの慌て方を面白がっているようであった。彼女の髪は、黒髪になっていた。

〈ハニー〉「今から夜のツーリングよ。ウテナちゃん、一緒に来て!」

〈ウテナ〉「ツ、ツーリングって…今からですか?」

〈ハニー〉「そうよ。サーサー起きたっ!」

 

◇ ◇ ◇

 

ハニーは、ウテナが始めて登校時に見た白と赤のツートンのライダースーツを着ていた。強引に誘われたウテナは、彼女に言われるまま渋々750ccのバイクにまたがった。頭にはハニーのヘルメットを被っている。

〈ウテナ〉「こ、こうですか?」

両手をハンドルに置き、左手のレバーを握って右手の指でセルのボタンを押した。

キュルキュル

セルの音の後に、バイクのエンジンが機動を始めた。右グリップを回すと、低く太い排気音と共に力強い振動を起こす。

ブウォン!ブウォン!ブウォン!…ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!

初めての経験に緊張しながらも、ウテナは何度かスロットルレバーを回してその振動を確かめた。

〈ハニー〉「そう。左下にギアチェンジがあるわ。ツマ先で一回上げて、左手のクラッチを離すと、前に走り出すわ。」

ウテナは、恐る恐る左手のレバーをゆるめた。グンと引っ張られるように、バイクは前進を始めた。右手のスロットルを回すと、それに合わせて推進力が少しずつ加わる。しかしその大きな音の割に、進み方はゆるやかな物だった。

〈ハニー〉「一速から後ギアチェンジは、ツマ先で一回踏む度に変速が上がる。ギアチェンジをする時は、その都度左手のレバーを握らないとダメよ。」

ウテナはハニーの言うまま、左手のレバーを握り、右足のツマ先でギアチェンジを一回押した。左手のレバーを離すと、スピードが少し速くなった。身体の重心を左側にかけてバイクの向きを変え、東寮の中庭をUターンしてハニーの所へ戻ってきた。

〈ハニー〉「変速を落す時は、ツマ先でチェンジを上げる。左手のレバーを握ってね。」

言われるままに、ギアを落した。スピードがガクンと落ちていく。

〈ハニー〉「ブレーキは、右レバーと右のペダルね。」

右レバーを握って、ウテナはバイクをハニーの前で止めた。安定感がなくなった車体を、両足のツマ先で踏ん張って支える。心地よいエンジンの振動が、身体に伝わってくる。

〈ハニー〉「大体要領は分かったわね?」

ハニーは、いきなりウテナの後ろに乗り込んだ。しかも後ろ向きで。

〈ハニー〉「よし!出発〜っ!」

〈ウテナ〉「ええっ!ボクが運転するんですか?!」

〈ハニー〉「そうよ。サーサー行った!行った!」

ハニーは、ウテナの背中にもたれてきた。ウテナは渋々バイクをスタートさせた。

 

◇ ◇ ◇

クォォォォ…

ウテナとハニーを乗せたバイクは、夜空の人気のない大通りを軽快な音を立てて走っていた。規則正しく並んだ通りの側面の街灯が、そのスピードに合わせてゆっくり左右に流れていく。

〈ハニー〉「ウマイじゃない。もう慣れちゃったみたいね。」

ハニーはウテナの背中にもたれながら、見上げた星空を眺めていた。

〈ウテナ〉「ええ…なんとか。」

始めはノッキングがあったものの、ウテナはコツを飲み込んでしまった。今は眼の前を流れる風景と、身体を擦り抜ける風、体に伝わる振動音を楽しんでいた。このスピード感は、ウテナに合っている様である。コーナーリングのコントロールも楽しい物だった。

気持ちが落ち着いたのか、ウテナはハニーがアンシーのことを聞かないことに気が付いた。そう言えば晩ゴハンも食べていない。彼女にこのことをどう説明すればいいのだろうか…。

〈ハニー〉「…マズイわね。」

ハニーは、ウテナの背中から身を起こした。背後からパトカーのサイレンが聞こえてきた。

〈パトカーの警察官〉「そこバイク!止まりなさい!そこのバイク!止まりなさい!」

〈ウテナ〉「アッチャ〜!」

大変な事になってしまった。ウテナはまだ14歳である。ハニーは、ノーヘルで後ろ向きに乗っている。

〈ハニー〉「ウテナちゃん、止めて。」

ハニーの声は落ち着いている。ウテナは、バイクを路肩に止めた。下りたウテナに、ハニー耳打ちをした。

〈ハニー〉「私が合図したら、後ろに飛び乗るのよ。」

〈ウテナ〉「?!」

ハニーは、何故か自分のライダースーツのジッパーを降ろした。

ウテナ達の後ろに止まったパトカーから出てきた警官は、2人だった。幸い(笑)男2人だった。

〈警官〉「二人共、免許証を見せて…」

ウテナの方を見た警官は、語気をあらめた。

<警官>「君は?中学生じゃないのか!」

しかし免許証を見せろといいながらも、警官達の眼はハニーのライダースーツにクギ付けになっていた。先程降ろしたジッパーの明きから、彼女の豊かな胸の谷間が丸見えになっていたのだった。

〈ハニー〉「あ、あの〜すみませ〜ん!私が足をくじいてしまって、この子に運転してもらっていたんですぅ。」

あからさまにハニーは(可愛い子)ブリブリの喋り方をした。そのまま何歩か警官の方へ近づいたが、

〈ハニー〉「アァ〜ン、いた〜い!やっぱりダメだわぁ〜。」

その場で片ヒザを付いて座り込むポーズをした。上体が前屈みになって、胸の谷間が更に丸見え(笑)になる。もう警官の頭の中から、免許証のことは消えていた。

〈ハニー〉「チェ〜スト!」

全く無防備になったスケベ警官の首筋に、ハニーの縦回転のニールキックが炸裂した!警官は完全に意識が飛んで、その場に倒れてしまった。

〈ハニー〉「今よ!」

ウテナは、慌ててバイクの後ろに飛び乗った。しかしそれよりもハニーが前に乗る方が速かった。

ドックォォォン!!

いきなり吹かしたバイクの前輪が高く起き上がり、ウイリーしたまま走り出した。

〈ウテナ〉「うわわぁっ!!」

一瞬後ろに振り落とされそうになったウテナだったが、必死でハニーの腰にしがみついた。警官は気絶した仲間を起こそうとしている。見る見る内にその様子も小さくなっていく。ウテナが運転していた時とは大違いである。バイクのエキゾノーストからは凄まじいエンジンの唸り声が上がり、風は突風のようにウテナ達に襲い掛かってくる。恐くて背中で眼をつぶっていたが、しばらくすると背後から再びサイレンの音が聞こえてきた。振り返ると、先程のパトカーが赤ランプを光らせて猛スピードでウテナ達を追って来ていた。

〈ウテナ〉「は、ハニーさん!追ってきましたよ!」

〈ハニー〉「大丈夫よ。カーブの時は、私に合わせて身体を倒してね。」

パトカーとの距離は縮まりつつあったが、ハニーには全く慌てた様子がなかった。すぐ先に交差点が見える。いきなり車体が前屈みにガクンと沈んだ。

〈ウテナ〉えっ!ここ曲がるの?!

ウテナには想像も付かない鋭いスピードで、ハニーのバイクは交差点に切り込んでいく!

〈ウテナ〉「うわぁぁ〜っ!!」

恐怖で目を閉じるゆとりもなかった。ウテナのすぐ横に突っ走るアスファルトが見える!

〈ウテナ〉「うわぁぁ〜っ!!」

キュルキュルキュル!

後輪がきしんで、車体は大きく横滑りをしている!ウテナには、このままバイクが横転するイメージが頭を過ぎっていた。しかしハニーのバイクは反対車線の歩道ギリギリで体勢を立て直し、直線を走り続けた。

ウテナがバイクに乗るのは、これが始めてである。ヘルメットを被っているとはいえ、ハニーのライデングは恐怖の連続だった。バイクがコーナーに切り込む度に悲鳴を上げていた。

 

◇ ◇ ◇

 

〈ウテナ〉「…もう追ってこないみたいですね。」

〈ハニー〉「ウフフ…私に追いつけるのは、プロのレーサーだけよ。」

バイクは何事もなかったかのように、穏やかな走りに戻っていた。しかしウテナの制服の中は、先程のパトカーからの逃避行で汗びっしょりになっていた。今は心地よい風が通り過ぎて行く。柑橘系の香りと共に、ハニーの黒髪がウテナの顔を時々くすぐる。それもウテナには気持ちの良い物だった。

ハニーの歌声が聞こえてきた。

潔く カッコ良く 生きて行こう…

たとえ二人離ればなれになっても

Take my revolution

〈ウテナ〉「あっ…ハニーさんその歌は?」

ウテナが良く知っている(笑)歌だった。

〈ハニー〉「テレビで見たのよ。なんかカッチョイイ女の子が活躍するドラマだったわ。」

〈ウテナ〉「へぇ…」

ウテナは、ハニーの背中に頬を寄せた。

光差す校庭(garden)手をとり合い

誓い合ったなぐさめ合った

もう 恋は二度としないよって

そんな強い結束は カタチを変え

今じゃこんなにたくましい私達の

Life style everyday…everytime

頬を寄せあって うつる写真の笑顔に

少しの淋しさつめ込んで

潔く カッコ良く 明日からは

誰もが振り向く女になる

たとえ2人離ればなれになっても

心はずっと一緒に

(歌/増山江威子)

ハニーの背中で、ウテナは眠っていた。

 

《波乱の始まり》

部屋の外から聞こえる物音で、ウテナは眼を覚ました。いつ部屋に戻ったかは記憶がなかった。キッチンの方から、何か料理をするいい匂いが漂って来ている。

〈ウテナ〉「ふぁ〜っ…。」

ベッドから起き上がると、自分が制服のままだった事に気付いた。食堂に向かうと、食器を運ぶ順平がいた。

〈順平〉「あ、お姉様、おはようございます!」

〈ウテナ〉「…おはよう。」

まだ寝ぼけたままウテナは答えた。順平の声を聞いて、ハニーが食堂の奥のキッチンから顔を出した。いつもの金髪如月ハニーで、エプロンを着け、手にはオタマを持っている。

〈ハニー〉「あらウテナちゃん、おはよう。…先にシャワーでも浴びてきたら?」

昨夜のツーリングで、ウテナの身体は汗ばみ、バイクの排気ガスの匂いが付いていた。

〈順平〉「はいはい、ごめんなさいね。」

ぼうっと立つウテナの横を、順平が慌ただしく駆け抜ける。キッチンでは、団兵衛が何か料理をしているようだった。

〈団兵衛〉

「良いか順平、料理は、一に心、二に心!三・四がなくて五に心じゃ!」

どうやらきんぴらごぼうを作っているらしい。

〈直次郎〉「よう!」

キッチンから、ヌ〜ッと直次郎が出てきた。頭をかがめて、いかにも狭苦しそうだ。両手には、ご飯とお味噌汁の乗ったお盆を持っているが、直次郎の手の方が大きかった。

〈団兵衛〉「アチャ〜!また塩と砂糖を間違えた〜っ!!」

〈ウテナ〉「…」

ウテナは、浴室へ行く事にした。

朝起きてのシャワーは、ウテナに心地よい目覚めを与える。髪もシャンプーで洗い、しなやかした。身体を流れ落ちる水も気持ちがいい。しかし彼女の胸には、僅かに消えぬ痛みがあった。

 

◇ ◇ ◇

 

〈幹〉「あ、おはようございます!ハニーさん、天上先輩!」

薫幹が、登校してきたウテナ達を見つけて駆け寄ってきた。今朝は、早見一家もウテナ達と一緒だった。

〈梢〉「…おはよう。」

幹と一緒だった梢は、直次郎の脇に来てややお尻を突き出す格好をした。

〈直次郎〉「…よう。」

直次郎には、彼女の意図がすぐに分かった。梢を片手で抱えると、自分の左肩に座らせた。

〈若葉〉「おっはよー!」

後から追いかけてきた若葉も、直次郎の前でお尻を突き出す格好をした。直次郎は、「なんだお前もかよ」とやや不満顔をしたが、若葉も抱え上げて自分の右肩に座らせる。若葉は御機嫌で足をパタつかせた。

〈樹璃〉「おはよう。今日は父兄同伴か?」

樹璃もハニー達を見つけて寄ってきた。しかし父兄同伴に文句を言うつもりもないようだった。転校三日目にして、ハニーは鳳学園の人気者になってしまった様である。彼女自信は面識がなくても、特に女の子達が声をかけてくる。

〈ミーハーな女の子達〉「キャー、ハニーおねー様ぁ〜っ!」

ハニーも調子に乗って、彼女達に手を振った。聖チャペル学園の時は、こんな物だったのでハニーには慣れた事であった。団兵衛や順平も一緒に手を振ったりするが、当然彼女達の目当ては彼らではない(笑)。実に和やかな雰囲気の登校であったが、校門を入る所でそれは破られた。

神崎姫子と神武子がいたのだった。彼女のそばには姫宮アンシーがいた。

…鎖の付いた首輪につながれて!

〈ウテナ〉「姫宮っ!」

ウテナの全身は凍り付いた。驚きと恐怖が一気に彼女を襲う。ウテナの声の方を見て、姫子はニヤリと笑って校門を入っていった。この異常な光景を見ても、周りの生徒達は何もする事が出来なかった。姫子達の存在感は、彼らを萎縮させるに充分な物であったのだ。アンシーは、ウテナの声に反応する事もなく、姫子の後に従った。

〈直次郎〉「畜生!あの野郎、何てことしやがるっ!!」

直次郎は、いきなり姫子達の方へ走り出した。その勢いで、肩に乗っていた梢と若葉は背中から落ちそうになったが、団兵衛、順平、幹達に受け止められて助かった。

〈ハニー〉「直次郎!おやめさない!」

ハニーは声をかけたが、さすがに直次郎は聞かなかった。

〈直次郎〉「何いってんでぃ!あんなの見せられて黙っていられるかぁっ!!」

元々姫子達が通った後で、周りの生徒達は道を開けている。直次郎は背後から姫子に飛び掛かった!

〈直次郎〉「まていっ!このやろ〜っ!」

突き出された両手は、姫子の顔もつぶしかねないゴツさであった。すぐに姫子は振り返っていたのだが、何故か涼しい顔をして直次郎に捕まえられるのを待っているようだった。

ガシッ!

姫子を捕まえたつもりだった直次郎だったが、その腕は同じ様にゴツい手で捕らえられていた。正に首を締め上げる寸前から動く事が出来ない。姫子の背後から、素早く回り込んだ武子が直次郎の腕を掴んでいたのだった。ゴツい手の平同士が重なって、お互いの力からでギシギシ音を立てているようだ。しかし実際にきしんでいるのは直次郎の手の方だった。万力でつぶされるような、その手の痛みに耐えるのが精一杯で声も出す事が出来ない!武子は、直次郎と背丈が変わらない。痛みで真っ赤になっている直次郎に対して、彼女の眼には感情がない様であった。大きなフードを被っていて、顔の様子は良く分からない。姫子は始めからそうなる事が分かっていたのか、嫌味のようにニヤリと笑った。

慌てて後を追ってきたウテナ達は、手四つで組み合った2人を見た。脂汗をダラダラ流しながら、直次郎は必死で姫子を血走った目で睨んでいた。しかし姫子は、実に落ち着いて彼を見返している。痛みと圧力に耐え切れず、直次郎は片ヒザを付いてしまった。

〈ハニー〉「直次郎!」

ハニーが駆け寄らんとした時、

ブォッ!

直次郎の巨体が宙を舞った!十メートルは浮き上がり、背中からまっ逆さまに校舎の方へ落ちていく!

ガッシャァァァン!

校舎の2階当たりが大きくヘコみ、直次郎は逆さまの大の地になってそこにへばりついていた。そしてゆっくりと地面に落ちていった。

ズドドドォォン!

〈ハニー〉「直次郎!」

武子は、目の前で立ち止まったハニーを見ていた。先程のように冷静ではあるが、そのたたずまいに全く隙がなかった。姫子も微笑みながらもハニーから眼を離さなかった。

〈ハニー〉「くっ!」

さすがのハニーも、2人を前にして怒りで表情が険しくなった。しかし直次郎が心配なので仕方なく校舎の方へ駆けていった。団兵衛も順平もこれに続いた。ウテナ達は、その場でたたずむだけだった。

ウテナは何も出来ず、その場で立ち尽くすだけだった。

《鳳学園生徒会特別委員》

〈若葉〉「…ウテナ。」

〈ウテナ〉「…」

〈若葉〉「ウテナってば!」

〈ウテナ〉「!」

若葉に揺すられて、ウテナはようやく正気に戻った。教室の席に座ってはいたのだが、全くの上の空だった。

〈若葉〉「ほら。午前の授業終わったよ。今日は、みんな中庭でお昼するって言ってたでしょ?」

若葉も事体が分かっているので、それまでウテナに声をかけなかったのだ。椅子に座ったままのウテナの手を引いて、立つように催促している。手を引かれたまま、ウテナはまだ夢遊病者のように若葉についていった。

 

◇ ◇ ◇

〈若葉〉「おっまたっせ〜!」

中庭ではハニー、団兵衛、順平、直次郎、梢達がレジャーシートを足元に引いて待っていた。直次郎の両手は、包帯でグルグル巻きにされている。ウテナは若葉にエスコートされて、ハニーの前に座った。

〈ハニー〉

「さあ!今日は私が腕によりをかけてお弁当作ってきたからね!ドンドン食べてね!」

どん!と、ハニーは大きな重箱を目の前に置いた。

〈順平〉「うわーい!いただきま〜す!」

順平と団兵衛は、真っ先にハニーの重箱を開くとガッつき始めた。

〈直次郎〉「お、おいおい!俺のもくれよぉ〜!」

両手が使えない直次郎は、その場で身体を大きく揺すった。

〈梢〉「はいはい、ア〜ンしてぇ〜。」

すぐに梢が、自分のお弁当からおにぎりをつまんで直次郎の口に入れた。

〈直次郎〉「おおっ!フニャフニャ!」

直次郎は、大感激して御機嫌になった。その様子を見て、順平達は羨ましがった。

〈順平〉

「あーっ!直次郎だけズル〜イ!…お姉様、僕もア〜ン…。」

〈若葉〉「!?どうしてあたしがしなきゃなんないのよー!」

文句を言いながらも、若葉は自分のお弁当のおにぎりを順平の口に入れた。

〈団兵衛〉「ハニーちゃん、ワシもア〜ン…」

ハニーは、団兵衛の口に重箱のおにぎりを一つつまんで入れた。

〈ハニー〉「…ウテナちゃんも少しは食べとかないと。」

若葉もウテナを見るが、ウテナの視線はぼんやりと定まってはいなかった。そこにひとりの影が映った。

〈冬芽〉「…失礼。」

ハニー達が見上げると、そこには冬芽がいた。

〈冬芽〉「お食事中で申し訳ないが、今から生徒会室で緊急会議を行う事になった。いきなりだが、君にも来てもらいたいんだ。」

冬芽はウテナに話しているのだが、彼女の眼はそちらを見ていなかった。冬芽は仕方がなくウテナの手を強く引いた。

〈冬芽〉「来るんだ!」

〈ハニー〉

「あーっ、いけない!私も大事な用事があったの忘れてたわ!」

傍からいきなりハニーが声を上げて立ちあがった。

〈順平〉「どうしたんです?ハニーお姉様!」

〈ハニー〉「ごめんなさいね、ちょっとみんなで食べていてくれるカシラ!」

冬芽は、ウテナの手を引っ張りながら連れていってしまった。ハニーも慌ただしく別の方向へ走り出した。

〈ハニー〉「アーン、どうしよう!どんな衣装にするか決めてないわ!歌もステージもどうしようカシラ…」

 

◇ ◇ ◇

卵の殻を破らねば、

雛鳥は生まれずに死んでゆく。

雛鳥は我々、卵は世界だ。

世界の殻を破らねば、

我らは生まれずに死んでゆく。

世界の殻を破壊せよ!

『世界を革命する為に!』

カンカンカンカン…

〈冬芽〉「昨夜の決闘で、天上ウテナが敗れるという事体が起こってしまった。これは学園存続にも関わる大問題である。」

冬芽は、まだウテナの腕を掴んだまま生徒会室に立っていた。バルコニーのようなそこには、青い空と雲が広がっていた。

〈スタッフ〉「失礼します!」

その脇を眼鏡をかけ、黒い長袖Tシャツとジーンズを着た男が譜面らしき物を持って通り過ぎた。

カンカンカンカン…

〈幹〉「データー自体は全く僅かではありますが、そのスピード、パワー、反射速度、どれをとっても人間業ではありません。仮にここにいる生徒会メンバーの誰かが相手だったとしても、神崎姫子に勝つ事は不可能であったでしょう。

…ああ、姫宮さんが心配だぁ〜!」

データーファイルらしき物を持った幹が言った。途中、その資料も握り潰して天を仰いだ。

〈スタッフ〉「失礼します!」

その脇を眼鏡をかけ、黒い長袖Tシャツとジーンズを着た男が、サイケな色柄の衣装らしき物を持って通り過ぎた。

カンカンカンカン…

〈七実〉「ホーントに、あたしの言う通りになってしまったわね…ン?なんか臭わない?」

七実は鼻を押さえてあたりを見回した。

〈スタッフ〉「失礼します!」

その脇を眼鏡をかけ、黒い長袖Tシャツとジーンズを着た男が、手に持ったケーブルを足元に引きながら通り過ぎた。

カンカンカンカン…

〈樹璃〉「しかしこのままにしておくわけには行かない。早急に手立てを講じないとな!…これは、油の匂いか?」

〈スタッフ〉「失礼します!」

その脇を眼鏡をかけ、黒い長袖Tシャツとジーンズを着た男が大きなスピーカーらしき物を押して通り過ぎた。

カンカンカンカン…

〈西園寺〉「こうなれば特訓だ!人間業でない相手には、人間業ではない特訓だ!人間業でない必殺技で、相手を倒すのだ!」

西園寺の心は、もう別世界へ行っている。彼の頭の中では熱血の必殺特訓とほとばしる必殺技の数々がグルグルと渦巻き、その背中からは炎さえ燃え上がっていた。その脇を眼鏡をかけ、黒い長袖Tシャツとジーンズを着た男が、メガホンを持って立ち止まった。

〈スタッフ〉「OKです!」

〈冬芽〉「そこで、彼らに対抗する手段の一つとして、我ら生徒会に特別委員を招く事にした。」

冬芽は、生徒会室の入口に当たるエレベーターの方を手で示した。生徒会メンバー達がそちらを振り返ると、あたりは一瞬暗闇となった。ピアノとコーラスの前奏と共に、筋のように伸びたライトがエレベーターの出口を照らした。

〈ウテナ〉「こ、この曲は…」

ウテナの良く知っている曲だった(笑)。

エレベーターの扉が開くと、スモークが吹き出して中からひとりの女の子が出てきた。髪は赤くワイルドで、サイケながらのジャンプスーツを来ていた。

潔く カッコ良く 生きて行こう…

たとえ二人離ればなれになっても

Take my revolution

彼女が扉の前に出ると、その周囲のライトが点き始め、赤と青に交互に瞬く。ステップを踏む度にボトムの裾の大きなスリットが割れてなびき、赤いヒールと衣装のラメがキラキラと光る。

光差す校庭(garden)手をとり合い

誓い合ったなぐさめ合った

もう 恋は二度としないよって

そんな強い結束は カタチを変え

今じゃこんなにたくましい私達の

Life style everyday…everytime

頬を寄せあって うつる写真の笑顔に

少しの淋しさつめ込んで

ウテナ達は訳も判らず、そのステージに見とれていた。冬芽だけは、何故か彼女と同じ振り付けをリズムに合わして踊っている。

潔く脱ぎ捨てる裸になる

自由を舞う薔薇のように

たとえ2人離れ離れになっても

私は世界を変える

(歌/前川陽子)

彼女がマイクを掲げ、上体を後ろに反らしたポーズを決めた瞬間、演奏はフェードアウトしていき、ステージの女の子はスモークの中に姿を消してしまった。

〈樹璃〉「…で?これが何か?」

樹璃は、落ち着いて冬芽の方を見た。

〈冬芽〉「紹介しよう!我ら鳳学園生徒会の特別委員だ!」

冬芽は、バルコニーの方を手で示した。その先には、ややいでたちが違うが彼らが見覚えのある人物が立っていた。

〈ウテナ〉「…ハニーさん!」

 

○次回第11話 『デュエリストハニー』

○「ウテナVSハニー」トップへ

○「空想生命体C−INA」トップへ