《前回までのあらすじ》
「ボクは、王子様になる!」「天上ウテナ」は、密かな思い出と決意を胸に名門鳳学園中等部に入学した。男子の制服を着る変わった女の子だった。ある日彼女は生徒会が行っている『決闘ゲーム』に巻き込まれ、『薔薇の花嫁』と呼ばれる「姫宮アンシー」を守る為に決闘場で闘う事になってしまう。だがその類まれな能力で彼女は決闘を挑んでくる生徒会メンバー達、「桐生冬芽」「西園寺恭一」「有栖川樹璃」「薫幹」「桐生七美」の挑戦をことごとく退けてきた。『決闘の勝者』には、『世界を革命する力』が与えられるといわれているが、果たして・・・?
最近は、その挑戦者が意外に人物になってきていた。「鳳香苗」「薫梢」「高槻枝織」「石蕗美蔓」「篠原若葉」「苑田茎子」・・・。彼らの胸には、『黒薔薇』がつけられていた。更にその陰で、謎の者達が暗躍をしていた。決闘に関わった生徒達を監禁し、尋問を掛け、他の生徒達にも暴行を加えていた。彼らもまた『世界を革命する力』を求めてやってきたのだった。転校生として、謎の女生徒2人が侵入してきた。これを受け入れた鳳学園理事長代理である「鳳暁生」は、対抗手段としてある一手を講じた。
次の日、その女の子は鳳学園に現れた。彼女の名は、「如月ハニー」。冬芽は彼女と謎の転校生2人の関係を探るべく、舞踏会を開催する事にした。華やかな衣装で舞踏会の注目を集めたハニー。しかし「神崎姫子」と「神武子」の登場と共に会の雰囲気も壊されてしまった。彼らに異常な危機感を抱いた西園寺は、真剣で切りかかるが巨体の武子の動作一つで会場の外まで吹き飛ばされてしまった!ハニーは、ウテナ達と同じ東館の女子寮に入室した。続いて鳳学園では「アルフォンヌ先生」「常似ミハル先生」の恩師達も登場(笑)!そして西園寺いるの道場では、謎の道場破りが彼に立合いを挑んできた!
《今日のランチ》
中庭の木陰で、ウテナとアンシー、若葉達はシートを引いて座っていた。
〈ウテナ〉「まだかなー、ハニーさん…。」
ウテナは、投げ出した足をバタ足で交互に動かしていた。
〈若葉〉「ねっ、ねぇ〜ウテナ!とりあえず私のラヴリーなお弁当を先に見てぇ〜!」
〈ウテナ〉「え、ええっ?ダメだよ、ハニーさんまだ来てないのに…」
〈若葉〉「いいじゃん。とりあえず見るだけだよぉ〜!」
若葉は、ウテナの態度は気にせず自分の弁当箱を取り出した。
〈若葉〉「ほらほら、見て見て。ジャ〜ン!」
嬉しそうにカバーをはずして、弁当箱のフタを開けた。例によって、カラフルなハートマークのモチーフの愛妻(?)弁当だ。ついでにピンクのハートが、ウテナの顔を横切った。
〈ウテナ〉「ほぉーっ…。」
ウテナは感心していると言うか、呆れているというか何というかという感じだった。
〈ハニー〉「ごめん、ごめん!この学校広いわよねぇー!ここまで来るのに迷っちゃった!」
ハニーは駆け足でウテナ達の所に来ると、ウテナと向かい合わせでシートの上に座った。
〈ハニー〉「ハーッ、お腹好いちゃった!この学校キレイよねー。なんだか色々見ている内に時間たっちゃった見たい。」
〈ウテナ〉「なーんだ、そうだったんですか。言ってくれれば、ボクが案内しますよ。あ、姫宮がお弁当作ってくれたんですよ。一緒に食べましょう。」
〈ハニー〉「うわーっ、そうだったわね!楽しみだわ。」
アンシーは、静々とどデカイ重箱を取り出した。
〈若葉〉「…あの、大丈夫なの?」
若葉は、怪訝な顔でウテナに耳打ちした。
〈ウテナ〉「…うーん、ちょっと自信ない。」
ウテナの頬に汗が伝う。緊張の一瞬である。ハニーは何も知らない。アンシーは、包みを解いて3段重箱の一段目のフタを開けた。
〈ウテナ・若葉・ハニー〉
「?!」
一番目の重箱は、空だった。
〈アンシー〉「あら、どうしたのかしら?」
アンシーは一番目の箱を取って、二番目の箱を開いた。
〈ウテナ〉「…これも空だね。」
〈アンシー〉「あらあら、どうしたのかしら?」
二番目のフタを取ろうとした時、重箱がガタガタと揺れ出した。慌ててアンシーが二番目の箱を取ると、三番目の箱には大きく膨れたチュチュが詰まっていた。チュチュは、弁当の中身を食べている内に膨らんだ体が箱に詰まって、動けなくなってもがいていたのであった。
〈若葉〉「…あれま。」
〈アンシー〉「あらあらあら。ダメじゃないのー、チュチュ…。」
〈若葉〉「…仕方がないわね。私のお弁当、分けて食べましょう。」
若葉は、自分とウテナ用の2つの弁当を改めて開けた。
〈ハニー〉「アラー!可愛いお弁当ねぇー!」
ハニーは、若葉のラヴリー弁当に感動した様子だった。
〈若葉〉「でしょ?でしょ!そうでしょー若葉ちゃんのウテナへの愛がこもっているのよー!」
若葉は、ハニーの反応に得意気になった。
2つの弁当は、ウテナと若葉、ハニーとアンシーで1つずつ食べる事にした。
〈若葉〉「はいウテナ!あーん。」
若葉はタコウインナーを箸でつまんで、ウテナの口へ運んだ。
〈ウテナ〉「アーン…」
ウテナは、タコウインナーを食べた。
〈アンシー〉「はいウテナ様、あ〜ん…」
アンシーは玉子焼きを箸でつまんで、ウテナの口へ運んだ。
〈ウテナ〉「アーン…。」
ウテナは、玉子焼きを食べた。
〈若葉〉「はいウテナ!あーん。」
若葉は昆布巻きをつまんで、ウテナの口へ運んだ。
〈ウテナ〉「アーン…。」
ウテナは、昆布巻きを食べた。
〈アンシー〉「はいウテナ様、あ〜ん。」
アンシーは俵おにぎりを箸でつまんで、ウテナの口へ運んだ。
〈ウテナ〉「アーン…って、ボクばっかり食べているじゃないか!」
〈若葉〉「ダメよ!ウテナは、私とお弁当食べるんだから。」
若葉は、軽くアンシーを叱った。しかし悪意はない。
〈アンシー〉「あら、ゴメンなさい。」
〈ハニー〉「フフフフ…」
ハニーは、三人のやり取りを見て笑いでした。三人はハニーの方を見た。ウテナと若葉は、少し顔が赤くなった。アンシーは、微笑んでいる。
〈ハニー〉「…みんなとても仲がいいのね。やっぱり学校には、友達がいないと面白くないわよね。…友達は、大切にしなきゃ。」
ハニーは、とても楽しそうだった。
《理事長室 来客1》
暁生は、プラネタリウムの理事長室にいた。ソファに腰を掛けて、例のモカ茶のシガレットを吸っていた。何か物思いにふけっている様子だったが、いきなりその場に現れた気配の方に眼をやった。
〈暁生〉「…ほう、これはこれは。」
暁生は、素早くシガレットの火を皿に擦って消した。その場には、神崎姫子と郷武子が立っていた。
〈姫子〉「私達を、生徒会メンバーにしていただきたい。」
姫子の白く、コバルトブルーのアイシャドウを引いた顔に表情はない。武子は、その巨体で姫子の背後に壁のように立ちはだかっている。舞踏会の時のように、辺りに視線を配っていた。
〈暁生〉「それはまた唐突な事ですね。…あなた方は本校に転校されてから、まだ三日目ですよ。もっと我が校の校風に馴染んでから、考えてみてはいかがですか。」
暁生は理事長代理らしく、姫子達に接した。理事長室への無断入室も、無理な要求に対しても、まずは笑顔で受け入れる事に務めた。
〈姫子〉「我々は、決闘に参加できる資格が欲しいのです。」
言葉遣いは穏やかなものだが、どうやら断る事は許されない雰囲気であった。
〈暁生〉「…決闘?何の事ですか。」
暁生は、落ち着いた眼で姫子を見た。姫子の瞳は、彼の視線をどこまでも吸い込んでしまう様に黒々としていた。
《校内呼び出し》
〈ウテナ〉「はいハニーさん。アーン。」
〈ハニー〉「ア〜ン。」
ハニーは、ウテナの差し出したハム巻きキュウリを食べた。
高等部1年○組 如月ハニーさん、高等部1年○組 如月ハニーさん、至急理事長室まで来て下さい。
校内放送が、ハニーを呼んでいる。
〈ハニー〉「あら、何かしら?」
ハニーは、ハム巻きキュウリを飲み込んだ。その場で立ち上がったが、
〈ハニー〉「…理事長室って、どこ?」
〈ウテナ〉「あ、ボクが案内しますよ。」
ウテナも立ち上がった。
〈若葉〉「…じゃあ、お昼ご飯はお開きね。私、ここ片づけとくから。」
〈アンシー〉「ごめんなさいね、若葉さん。」
アンシーも立ち上がる。手には大型重箱(膨張チュチュ入り)を持っている。
〈ウテナ〉「行きましょうか。」
ウテナは何歩か歩き出したが、
〈ウテナ〉「あの、ちょっとすいません。」
若葉の方へ少し戻った。弁当箱を包んでいる若葉は、戻ってきたウテナを見た。
〈ウテナ〉「…ありがとう、若葉。色々と気を遣ってくれて。」
〈若葉〉「…何よ、急に。改まっちゃって。」
二人とも、見詰め合う視線がいつにも増して優しさがあった。
〈若葉〉「…私はいいから。もう行って。」
〈ウテナ〉「…うん、じゃあ。」
ウテナは、ハニー達の方へ走って戻った。
〈ハニー〉「…何かあったの?」
〈ウテナ〉「いいや、別に。」
ウテナは、ハニーに微笑んで先頭を歩き出した。
〈ハニー〉「若葉ちゃんもいい子ね。」
木陰の若葉と眼があった。ハニーは小さく手を振った。若葉もその場で小さく手を振った。
〈ハニー〉「…友達は、大事にしなくっちゃ。」
《薔薇の刻印のメッセージ》
〈暁生〉「どうもあなた方のおっしゃる事が、私には少し理解が出来ません。大変申し訳ないのですが…でもあなたは、何か悩み事を抱えている様に感じます。それでしたら、私よりもむしろ同じ学生の立場で相談に乗ってくれる者がいますので、そちらでお話しになった方がいいでしょう。」
暁生はソファに座り直して、テーブルの上のペンを手に取り手元の紙に何か走り書きをした。彼の優雅な身のこなしを、姫子達は微動だにせずその場で見守っていた。
暁生はその走り書きを封筒にたたんで入れると、口を閉じ、そこに判を押した。ソファから立ち上がると、姫子達の方へゆっくりと歩いて行った。
〈暁生〉「本校の西側に、根室記念館という建物があります。そこでゼミを開いている生徒がいます。御影草時、あなた達と同じ高等部の3年生です。彼にこのメッセージを渡して下さい。きっと相談に乗ってくれますよ。」
薔薇の刻印の入った封筒を姫子に差し出した。
姫子は暁生から視線をそらせる事なく、その封筒を手に取った。
〈暁生〉「お急ぎでしたら、今日の放課後にでも行かれてはどうですか。私の方から連絡しておきましょう。」
暁生は姫子と話しながら、ソファの方へゆっくり引きかえした。
〈姫子〉「…鳳、暁生…理事長、代理…」
暁生は、立ち止まって姫子の方へ振り返った。
〈暁生〉「…私に、何か?」
得意の微笑みを顔に浮かべた。
姫子の表情は、変わらなかった。
〈姫子〉「…いや、違う。あなたではない。」
《理事長室 来客2》
エレベーターの起動音が聞こえ、理事長室の階で止まった。姫子はチラリとその方を見た。エレベーターのドアが開くと、中からウテナ、ハニー、アンシーが出てきた。姫子から殺気が放たれるのを、暁生は感じ取っていた。
〈ウテナ〉「うわっ!」
例の二人の転校生がいるのを見て、ウテナは思わず一歩引き下がった。後のハニーにぶつかったが、ハニーはウテナの両肩を手で支えた。
〈ハニー〉「大丈夫?」
〈ウテナ〉「い、いえ、すいません。…なんであの二人がここに…」
〈暁生〉「彼女達は、私の所に相談に来ていたんですよ。」
〈ウテナ〉「あ、暁生さん…」
ウテナは暁生の方を見た。彼がいつもどおり落ち着いているので、ウテナは安心した。
〈ハニー〉「あのー、放送で理事長室へ来るように言われたんですけどー…」
ハニーは、可愛く暁生に話し掛けた。姫子達には興味がない様だった。
〈暁生〉「あー、そうでしたね。どうぞこちらに。」
暁生は、ソファーの方へハニー達を読んだ。
〈暁生〉「アンシー、お茶を入れておくれ。」
〈アンシー〉「はい。」
アンシーは姫子達の前を横切って、キッチンの方へ行った
ウテナだけは、姫子達の方が気になっていた。確かにこの部屋には、強い緊張感が漂っていた。姫子はウテナとハニーを見て、エレベーターから部屋を出て行った。ドアの閉まる音がするとモーター音がなり、それは次第に小さくなって行った。
エレベーターは、一階に降りた様である。
〈ウテナ〉「フーッ、何か起こるかと思って、ヒヤヒヤしましたよ。」
ウテナの額と手の平は、汗をかいていた。アンシーがティーポットとカップのセットを乗せて、ワゴンを押してきた。
〈暁生〉「彼女達が、どうかしましたか?」
暁生は、ウテナと向かい合わせにソファーに座った。ウテナの横には、ハニーが座っている。
〈ウテナ〉「…い、いえ…」
暁生は昨日の舞踏会の事を知らないのだろうか、とウテナは思った。
〈暁生〉「新しい環境に来たばかりの時は、やはり慣れるまでは周りを拒絶してしまったりするものですよ。君にも心当たりがあるでしょう?」
暁生はウテナに微笑んだ。
〈ウテナ〉「…そうですね。ボクも転校したばっかりの時は、…少しはそういうのあったかなぁ。」
アンシーはテーブルの上にティーカップと皿を置き、それぞれに紅茶を注いで行く。
〈暁生〉「最初の頃は、お互いすれ違いで色々な事があるでしょう。でも、その内みんな仲良く楽しい学校生活を送れる様になりますよ。僕はこの学園に三人も新しい生徒が増えて、とても嬉しいですよ。」
アンシーは、ハニーのティーカップに紅茶を注いだ。
〈暁生〉「始めまして、如月ハニーさん。鳳学園の理事長代理をしています、鳳暁生です。あなたの事は、妹のアンシーより伺っていますよ。この学園にはもう慣れましたか?」
〈ハニー〉「ありがとう、アンシーちゃん。」
ハニーは、アンシーの入れた紅茶を一口飲んだ。
〈ハニー〉「ええ。ウテナさんとアンシーさんが、とても優しくしてくれますので。ここは綺麗で大きな建物だし、カッコイイ男の子も女の子もいっぱいいるし。とっても素敵な学園ですねー。今まで私の通っていた学校とは大違いです!」
アンシーは、暁生の横に座った。
〈ハニー〉「やっぱり、理事長のお兄さんがカッコイイからカシラ?」
ハニーは、アンシーに微笑んだ。アンシーも微笑む。
〈暁生〉「こ、これはどうも。なんだか照れますね。」
暁生は少し頭を掻いた。
〈ウテナ〉「ハニーさん、ダメですよ!暁生さんにはフィアンセがいるんですよ。」
〈ハニー〉「あら!そうなの〜?…残念。」
ハニーは紅茶を一口飲んだ。ウテナの耳元で囁く。
〈ハニー〉「…でも、結婚しているわけじゃないんでしょ?」
〈ウテナ〉「えっでも大変ですよー。なんせ相手は、理事長の娘さんなんですから。」
ウテナも声のトーンを落としているが、暁生達にはまる聞こえだった。暁生とアンシーは、クスクス笑っている。
〈ハニー〉「ウテナちゃん色々詳しいわね。…もしかしてウテナちゃんも狙っているの?」
〈ウテナ〉「えっ…い、イヤだなぁ、姫宮から聞いているだけですよ!」
ウテナの顔は真っ赤になった。明らかに動揺している。オーバーに手を振って否定している。ハニーはその様子を見て笑い出した。
〈ウテナ〉「い、イヤだなぁ、ハニーさん。からかわないで下さいよ〜。」
〈ハニー〉「ふふ、ゴメンなさいね。」
ウテナとハニーは、紅茶を一口飲んだ。
〈ハニー〉「そう言えば、私のそれまでの先生がこちらにいらっしゃって…」
〈暁生〉「ああ、あの御二人ですね。たまたま二人程講師の方が足りなくなりましてね。お手伝いに来ていただいたんですよ。」
〈ハニー〉「なんだか私、色々お世話になっているみたいで…」
〈暁生〉「いえいえ、これは偶然ですよ。協会の講師リストにあった方にお願いしたら、たまたまあなたのお知り合いだっただけですよ。あまり気にしないで下さい。」
〈ウテナ〉「でも良かったじゃないですか。先生もハニーさんに会えて喜んでいたみたいだし。」
〈ハニー〉「うーん…まぁ、そうなんだけど…」
ハニーは、ちょっと複雑な様子だった。
〈暁生〉「そうですよ。ハニーさんは、この学園の生活を楽しんで下さい。アンシーもあなたにあえて喜んでますし。」
〈アンシー〉「はい。ハニーさんは、とっても楽しい方です。」
アンシーはハニーに微笑んだ。
〈暁生〉「御二人の先生方は、何かあってはいけませんので、理事長室のあるこの棟に寝泊まりしていただいています。御安心下さい。」
〈ハニー〉「…ありがとうございます。」
〈ウテナ〉「良かったですね、ハニーさん!」
*次回第5話 『根室記念館 地下室』