第5話 『根室記念館 地下室』

 

《前回までのあらすじ》

「ボクは、王子様になる!」「天上ウテナ」は、密かな思い出と決意を胸に名門鳳学園中等部に入学した。男子の制服を着る変わった女の子だった。ある日彼女は生徒会が行っている『決闘ゲーム』に巻き込まれ、『薔薇の花嫁』と呼ばれる「姫宮アンシー」を守る為に決闘場で闘う事になってしまう。だがその類まれな能力で彼女は決闘を挑んでくる生徒会メンバー達、「桐生冬芽」「西園寺恭一」「有栖川樹璃」「薫幹」「桐生七美」の挑戦をことごとく退けてきた。『決闘の勝者』には、『世界を革命する力』が与えられるといわれているが、果たして・・・?

最近は、その挑戦者が意外に人物になってきていた。「鳳香苗」「薫梢」「高槻枝織」「石蕗美蔓」「篠原若葉」「苑田茎子」・・・。彼らの胸には、『黒薔薇』がつけられていた。更にその陰で、謎の者達が暗躍をしていた。決闘に関わった生徒達を監禁し、尋問を掛け、他の生徒達にも暴行を加えていた。彼らもまた『世界を革命する力』を求めてやってきたのだった。転校生として、謎の女生徒2人が侵入してきた。これを受け入れた鳳学園理事長代理である「鳳暁生」は、対抗手段としてある一手を講じた。

次の日、その女の子は鳳学園に現れた。彼女の名は、「如月ハニー」。冬芽は彼女と謎の転校生2人の関係を探るべく、舞踏会を開催する事にした。華やかな衣装で舞踏会の注目を集めたハニー。しかし「神崎姫子」と「神武子」の登場と共に会の雰囲気も壊されてしまった。彼らに異常な危機感を抱いた西園寺は、真剣で切りかかるが巨体の武子の動作一つで会場の外まで吹き飛ばされてしまった!ハニーは、ウテナ達と同じ東館の女子寮に入室した。続いて鳳学園では「アルフォンヌ先生」「常似ミハル先生」の恩師達も登場(笑)!そして西園寺いるの道場では、謎の道場破りが彼に立合いを挑んできた!一方、お昼休みに中庭で楽しく昼食を採るウテナ達。突然、ハニーが理事長室に呼び出され、ウテナとアンシーもついて行く。理事長室では、姫子と武子が、暁生に『決闘ゲーム』参加の承認を迫っていた。暁生は、彼女達に研究室の「御影草時」を訪ねる様にと、『薔薇の刻印』の入ったメッセージカードを渡す。同じ部屋でウテナ達とバッタリ遭遇するが、今回は何も起きなかった。

《気になる樹璃》

樹璃は理事長室へ行こうかどうかと迷っていた。意を決してエレベーターのボタンをした。エレベーターは一階の樹璃の所へ降りてきたが、ドアが開くと中からウテナハニーアンシーが出てきた。

〈ウテナ〉「あ、樹璃先輩。生徒会室ですか?」

〈樹璃〉「…いや。彼女が理事長室に呼ばれたので、何かあったのかと思ってな。」

ハニーの方を何気なく見た。

〈ハニー〉「まあ樹璃さん、私の事を心配して来て下さったんですか」

〈樹璃〉「…まあ、そういった所だ。…もう午後の授業が始まる、教室へ戻ろうか?」

〈ハニー〉「樹璃さんと一緒ですね!嬉しいな。」

ハニーは樹璃の腕にしがみついた。

〈樹璃〉「おい、おい…」

〈ハニー〉「ウテナちゃん、アンシーちゃん、また後でね!」

ハニーは、樹璃の腕を引っ張って歩き出した。

〈ウテナ〉「…へえ〜、樹璃先輩もハニーさんにはタジタジって感じだなぁ〜。」

ウテナは、呆気に取られながら二人を見送った。

樹璃はウテナ達が視界から消えたところで、ハニーの腕を振り払った。

〈樹璃〉「…こういう事は、よしてくれないか。」

〈ハニー〉「あっ!…ごめんなさい。私ちょっと調子に乗っちゃって…」

〈樹璃〉「君とは同級生だ。それ以外は何もない。」

樹璃は、先に立って足早に歩き出した。

〈樹璃〉「今日の昼休み、西園寺恭一が何者かに打ち倒されたらしい。…君は、何かしらないか。」

樹璃はハニーが後を追って来ている事を承知で、話しをした。

〈ハニー〉「西園寺さんって誰ですか?…ああ、昨日舞踏会で窓の外に飛ばされた人ですね。誰に倒されたんですか?」

〈樹璃〉「…いや、いい。…さっきはすまなかった。」

樹璃は立ち止まって、ハニーを先に教室へ入れた。

 

《VIP席の男》

暁生は、理事長室の窓より、決闘場の森を見ていた。手には、モカ茶のシガレットが灰紫の煙を漂わせていた。

〈暁生〉「…フッフッフ…最高のショーが始まる。」

《高等部一年○組 授業中》

ハニーは授業には興味がないらしく、右隣の方を見ていた。視線の先には樹璃がいた。彼女は、黒板に見入って授業を聞いていた。凛々しい横顔である。樹璃はハニーの視線が気になって、そちらを見た。

〈樹璃〉「…なんだ?」

樹璃自身は、同性にも非常に人気があった。ラブレター等もよく渡されたりしている。しかし彼女は、それが異性からであっても受け取った事はなかった。ハニーが自分に対して、そういう感情を持つ事もあるかもしれない。樹璃には興味のない事だった。

だが彼女が見たハニーの表情は、少し好意から来るものとは違っていた。何か暇を持て余すように、右手の人差し指でシャーペンをクルクル回したりしていた。

〈ハニー〉「あのー、樹璃さん。一緒に…トイレ行きませんか?」

〈樹璃〉「うん、トイレ?…連れションか?」

いきなり変な事を言われて何かと思ったが、すぐに樹璃はハニーの言いたい事を理解した。

〈ハニー〉「…学園の近くで楽しいトコってどこですか?」

〈樹璃〉「茶店なら4軒ある。ウテナがよく行くのは『白木蘭(まぐのりあ)』、冬芽が行くのが名曲喫茶『紫丁香(らいらっく)』、西園寺は和風喫茶『忍愛(しのぶあい)』。幹はケーキ屋…私はゲームセンター…ボーリング場もある。」

〈ハニー〉「…樹璃さんが、ゲームセンターへ?」

ハニーには、少し意外だった様だ。

〈樹璃〉「フッフッフ…たまには楽しいぞ。すまないが、私は君に付き合えない。…好きにするといい。」

〈ハニー〉「ありがとうございまーす。」

ハニーは、実に嬉しそうな顔をした。

〈ハニー〉「はい!先生!」

手を上げると、その場で立ち上がった。

〈ハニー〉「すいませーん、御手洗いに行きたいんですがー。」

 

《ミハルの生き甲斐》

ヒストラーこと常似ミハルは、壁にもたれて不機嫌そうに煙草を吹かしていた。

〈ミハル〉「クソー、なんなんだいこれは!臨時講師って言ったって、これじゃあただの掃除婦じゃないか!」

手にはクマデを持っている。杖代わりに両手でついていた。隣ではアルフォンヌが、嬉々として掃除に励んでいる。踊る様な足取りで、石畳の上の落ち葉をクマデで掃いていた。

〈アルフォンヌ〉「アラーン。でもここのお給料って、いいわよ。聖チャペル学園で教師していた時よりず〜っといいんだから!ミハル先生も、不満をおっしゃってはいけないわよー。」

アルフォンヌは掃除の手を止めて、何かを思い出しているようだった。宙を見詰める瞳から、異常な輝きが放たれている。

〈アルフォンヌ〉「…それにこの学園の理事長さんったら、なんて素敵なのかしら〜ん。あたくし一目で恋に落ちてしまいましたわ〜、ウ〜ン!」

空いている左手で、自分の片方の乳房を押し揉んだ。非常に高ぶっている様である。

〈アルフォンヌ〉「こんな天国のような学園でしたら、私死ぬまで御掃除し続けますわ!ウヒョヒョヒョヒョ!」

夢見る乙女のように、また踊るように掃除を始めた。ついでによだれも出て来ていた。

〈ミハル〉「フン!こんなナヨナヨした奴等ばっかりの所、わたしゃあ気に入らないねぇ。」

実に切なそうな顔で、ミハルは煙草の煙を吹き上げ、青空を見上げた。

〈ミハル〉「あ〜あ…何か足りないんだね。刺激と言うか、張り合いが…」

ミハルとアルフォンヌ達が掃除している場所と反対側の通路で、何か人がいる気配があった。ミハルが気付いて見ると、通路の柱から柱へ、隠れるように移動している人影がある。

〈ミハル〉「…うん?」

ミハルは、みるみる自分の身体に活気が戻るのを感じていた。

ハニーである。しかも制服から普段着に着替えていた。

〈ミハル〉「こぅおお〜ら、ハニー!また脱走する気か〜い!!」

ミハルは、凄いスピードでハニーの方へ走り出した!あまりの勢いに、足元から埃が舞いあがっている。

〈アルフォンヌ〉「えっ!ハニーちゃんどこどこ?」

アルフォンヌもクマデを捨てて、ミハルの後をそれまた凄いスピードで追った。

〈ハニー〉「あらあら、もう見つかっちゃった。」

クマデを振りかざして、ミハルがハニーに迫ってきた。

〈ハニー〉「アラ〜ン、ミハル先生!御掃除精が出ますわねぇー。」

恐ろしく吊り上った眼で襲い掛かるミハルを前にしても、ハニーは全く余裕をブチかましであった。

〈ミハル〉「うるさぁ〜い!新しい学校でも懲りずにコノーッ!」

ミハルの渾身のクマデ攻撃を、ハニーはひらりと跳んでかわした。しかし続けざまにミハルは速攻を加える。クマデ・スウィングの連打!

〈ミハル〉「今度という今度こそは!その腐った性根を叩き直してやるよぉ〜っ!ウリャア!ウリャア!ウリャア!」

ハニーはそれぞれいちいち表情を変えながら、ミハルの連続攻撃をかわす!

〈アルフォンヌ〉「ハニーちゃああ〜ん!」

アルフォンヌがミハルに追いついた。

〈ハニー〉「アルフォンヌ先生、後でおみあげ持って行くわねえ〜!」

ハニーはアルフォンヌに手を振ると、校門へ向けて走り出した。

〈ミハル〉「待てえぇぇい!ハニィィィッ!逃しゃあーしないよぉ〜っ!!」

ミハルはハニーの後を追う!

〈アルフォンヌ〉「ハニーちゃああん!あたしも連れてってぇー!」

アルフォンヌもハニーの後を追う!ミハルの怒鳴り声は、校舎中に響き渡った。生徒達は、何事かと窓際に集まった。中等部のウテナ達も、校門まで走るハニーを目撃した。

〈ウテナ〉「うわあー、ハニーさん大胆!」

高等部一年○組教室。

〈樹璃〉「フッフッフ。彼女も、猫を被っているのにもう飽きた様子だな。」

 

《彼女達は、あくまでシリアス》

〈姫子〉「…なんだここは。ただの廃墟ではないか。」

姫子と武子は、暁生に指示された場所に立っていた。

〈武子〉「…あの男、我々を謀ったのでしょうか。」

〈姫子〉「フッフッフ、なかなかいい度胸をしているわね。しかし何か気配を感じる。一応調べてみよう。」

姫子は廃墟の壁を前蹴りで簡単に破壊すると、中に入っていった。かなり地下の奥深くまで、石の階段が続いている。明かりも何もない暗闇の中を、彼女達は全く意に介さぬように階段を降りていった。姫子は例の黒々とした瞳で前を見詰めて軽い足取りで降りていく。武子は天井につきそうな頭を上体をやや前屈みにして低くしながら、いつものように辺りにゆっくりと眼を配りながら姫子に続いた。

数分時間が過ぎたが、彼女達の間に会話は一言もなかった。二人共、地下に降りていくに連れて何か霊的なもののうねりが強くなってくるのを感じていた。地下の階段の終わりにたどり着く。

〈姫子〉「…遺体焼却場の様だ。」

二人の様子に動揺は全くなかった。武子がそのゴツイ手で無造作に壁にある引き出しの一つを引き出した。

ガガガッ!

力があり過ぎたのか、その引き出しは壁から外れて床に大きな音を立てて落ちてしまった。

ズドドドーン

〈姫子〉「…」

姫子は、その中に金属製の何かを見つけた。遺体が焼かれた灰のある棺の中に、躊躇なく手を入れてそれを取り出した。

黒い指輪…薔薇の紋章がついていた。

〈姫子〉「…これは、例の生徒会のメンバーが付けていたものだ。」

その指輪を、姫子は自分の左手の薬指にはめた。少し指輪のついた指を見詰めた。まんざら悪い気分ではない様子である。そしてその手を伸ばして別の引き出しに指を掛けると、手元に引いた。

ガガガッ!

これも勢いがあり過ぎて、床に大きな音を立てて落ちてしまった。

ズドドドーン

姫子はその棺から指輪を取ると、武子に投げた。武子は無表情に、左手を構えてその指輪を受け取った。しかし彼女の大きな手には、この指輪ははまらないだろう。

〈武子〉「…プリンセス様。どうもここは、先程の入り口より別の時空へつながる通路があるようです。」

〈姫子〉「その様だな。この廃墟全体もカモフラージュされているようだ。…一応そちらも行ってみよう。」

〈武子〉「はい。」

二人は、その場からいきなり姿を消した。必要がなければ、彼女達はここまで歩かなくても移動できるという事であろう。

 

《ここにもシリアスな人》

〈御影〉「…確かに、もう俺には最後の黒薔薇しかない。」

御影草時は、デスクチェアに深々ともたれて受話器を持っていた。

〈御影〉「だがアイツらに関わる必要はない。奴等は全てを破壊するだろう。…これはあんたの問題だ。」

その事だけを相手に告げると、受話器を置いた。何か計算をしているのか、前を見詰めていた。

机の前に、いきなり二人の人影が現れた。御影は、冷静にそちらを見た。

〈御影〉「…神崎姫子と郷武子か。」

姫子は珍しく、御影に向かって小さく微笑んだ。

〈姫子〉「…御影草時さんですね。理事長代理よりメッセージを預かりました。」

暁生より受け取った、薔薇の刻印入りの封筒を机の上に置いた。そり左手の指には、黒い薔薇の紋章の入った指輪がはめられていた。

御影の眉毛の片方だけが、少し動いた。そして姫子の顔を見上げた。

〈姫子〉「…後の手続きをよろしくお願いいたします。」

姫子は再び小さく微笑んだ。そして今度は歩いて部屋のドアを開けて出ていった。武子も御影に眼を配りながらそれに続いた。ゴツイ身体なのに、物音一つ立てない。廊下を歩く姫子のヒールの音が響き、出口のドアの閉まる音がした。

御影は机に向いて両肘を突いたが、メッセージには眼を通そうとはしなかった。

〈御影〉「…誰が勝つか。どうなるにせよ、決闘の後間を置かず手を打たねばならない。」

彼の頭脳は、計算を始めていた。

 

《VS天上ウテナ(バスケット対決)》

放課後。コートの方では、女の子の群衆より奇声が上がっていた。

〈ウテナ〉「よっ!」

男子達のガードの間をドリブルで擦り抜けると、ウテナは鮮やかにゴールを決めた。例によってバスケットボールの助っ人をしているのだった。ギャラリーの中には、アンシーと若葉がいる。ウテナがシュートを決める度に、大喝采が上がっていた。

ゴールから落ちたボールは、バウンドして通路の方へ転がっていってしまった。ウテナがボールを追いかけると、制服の女の子がそれを拾った。ハニーであった。

〈ウテナ〉「あれっ!ハニーさん帰ってたんですか?」

〈ハニー〉「ええ。職員室でこっぴどく怒られちゃった。」

ハニーは可愛く舌を出して笑った。手にしたボールを何回か床でバウンドさせた。

〈ハニー〉「…私もやっていいかなぁ?」

〈ウテナ〉「へっ?」

転校二日目ではあるが、ハニーは既に学園では注目の的であった。ウテナの助っ人によって不利になっていた相手チームは、ハニーの参加を大歓迎した。

〈ウテナ〉「…ハニーさんって、なんか運動できそうだよなぁ。」

ウテナはその場で屈伸を何回かして気合いを入れ直した。

相手チームがボールをスローインすると、ウテナは素早くそのボールを奪った。女子ギャラリーから歓声が上がる。いつものペースで、相手のガードをドリブルで擦り抜ける。すぐにゴールが前に迫ってきた。フッとその前を人影が横切った。ウテナが気付くと、手からボールがなくなっている!慌てて振り返ると、制服姿のハニーが反対側のゴールへドリブルで向かっていた。

〈ウテナ〉「やられた!」

瞬く間にハニーはシュートを決めた。辺りは驚きの声に包まれた。今度は男子の声が多い様だ。ハニーは拍手をする生徒達に、スカートの裾を少し摘み上げて礼をした。

ゲームは次々と進む。ウテナのキープしたボールは、ことごとくハニーにカットされてしまった。ウテナはムキになってハニーのマークにつくが、巧みなフェイントでパスを送られたり、ドリブルで擦り抜けられたり、時にはロングシュートも決められてしまった。

いつの間にか、ギャラリーは男子生徒で膨れ上がっていた。どうやらハニーのプレイを見ているというよりは、彼女が動くたびに制服のスカートがヒラヒラとめくれるのを喜んでいる様である。鈴木・山田・田中のコンビは、一糸乱れぬ連携でハニーの足を眼で追っていた。

〈アルフォンヌ〉「イャアアン、ハァニィィちゃあん!イカすわ!カッコイイわ!シビれるわぁ〜ん!」

アルフォンヌも、自分の乳房を両手で押し揉んで大喜びである。ミハルもハニーのプレイにケチをつけながら、実は彼女を応援していた。

〉「凄いなぁ。天上先輩よりバスケ上手い女性って、始めてみましたよ。」

〈樹璃〉「フッフッフ。とか言いながら、君も彼女のスカートの下を見ていたのではないのか?」

〈幹〉「えっち、違いますよぉ!そんな誤解されるような事を言わないで下さいよ!」

幹は、真っ赤な顔をしてアンシーの方を気にしていた。何気なくアンシーに近づいていたのだった。

男子生徒は大騒ぎになっていた。ハニーも調子に乗って、四方に投げキッスを送っている。

〈樹璃〉「…しかし如月ハニー、やはりただ者ではないな。」

大騒ぎのバスケット・コートより離れた所、姫子と武子もこの様子を見ていた。姫子の表情は険しかった。

 

《若葉と姫子》

〈ウテナ〉「いやぁ、参ったナー。バスケでこんなにコテンパンにされたの始めてですよ。」

〈ハニー〉「あらそう?まあ一応、私はお姉さんですからね。」

ゲームは終わり、ウテナ、ハニー、アンシー、若葉は下校しようとしていた。周りの景色は、すっかりオレンジ色になっている。おそらくウテナの為に女の子が用意していたのだろうハンドタオルを、何故かハニーが使っていた。途中でその子は、ハニーのファンに乗り換えたのだろう。専用ボトルに入ったスポーツドリンクまで手渡され、ハニーはボトルのストローでドリンクを飲んだ。

〈若葉〉「ホーント、ホント。でも男子達は、ハニーさんの下着が見えるのがお目当てだったみたい!もう鼻の下伸ばしちゃって、イヤらしいったらありゃあしない!」

若葉は、わざわざイヤらしい顔をした男子を真似てから怒った。怒っている動作なのか、右手で鞄をクルクルと振り回しながら歩いていた。

〈ハニー〉「あらいいじゃない。サービス、サービス。」

(〈樹璃〉「サービス、サービス!…って、何で私が言わねばならんのだ!」)

アンシーは、微笑みながら彼女達のやり取りを聞いている。

 

〈ウテナ、アンシー、若葉〉

「?!」

校門の手前で、四人は思わず立ち止まってしまった。姫子と武子が立っていたのだ。

〈ウテナ〉「うわぁ…マズイ。」

〈若葉〉「…どうしよう。」

〈ハニー〉「…」

両者の間で、異常な緊張感が立ち込めてきた。武子は無表情に四人を見据えて立っていた。姫子は武子に壁にでももたれかかるように体を預け、腕組みをしてこちらに眼を上げた。姫子は、ウテナや若葉の表情を見て、少し顔を緩ませた。

特にウテナ達を待っていたのではない様子だった。立ち止まって校門を通れないでいる彼女達を見て、姫子は校門の外へ歩き出した。武子もウテナ達からゆっくりと視線を外してそれに続いた。

チリチリーン!

武子の紫のマントから、何か金属質な物が落ちる音がした。若葉が見ると、それは黒い輪の様なものだった。姫子も武子もそれには気付いていないらしく、離れていく。

少しためらったが、若葉は駆け寄ってそれを拾った。

〈ウテナ〉「若葉!」

〈若葉〉「あっ、あっ、あのー!」

若葉の声に、姫子と武子は振り返った。彼女達と眼が合った若葉は、心臓が飛び上がるような思いであった。

〈若葉〉「あっ、あっ、あっ、こっ、こっ、これ…おっ、おっ、落としました…よ。」

若葉は、傍目で見ると異常なぐらいガタガタと身体を震わせていた。これだけの言葉を話すのが精一杯だった。差し出した手の平の上で、黒い指輪が震えている。

武子は黙って若葉を見ていた。どうしたらいいのか判断がつきかねているようだった。姫子が武子を手で制して、若葉の方へ戻ってきた。ウテナは思わず、若葉の方へ駆け寄っていった。ハニーも続いた。

若葉は、下を向いて手を差し出して立っているのが精一杯だった。本当は逃げ出したいぐらいに恐かった。だが自分で彼女達を呼び止めてしまったのだ。姫子のヒールの足取りが、異常にゆっくりと感じる。冷や汗まで吹き出してきた。姫子は、若葉の前で止まった。そして震える手の平から黒い指輪を指で摘み上げた。若葉は、とっさに顔を上げた。眼の前の姫子は微笑んでいた。

〈姫子〉「…ありがとう、篠原さん。」

姫子は、180cmはある長身である。日本人としては大柄だが、無国籍なイメージの鳳学園ではあまり問題ではなかった。実にそのままパリコレクションのファッションショーに出ても通用するほどのプロポーションであった。間近で彼女の顔を見上げた若葉は、思わずその黒い瞳に吸い込まれるような思いであった。それまでの恐怖が嘘のように消えてしまっていた。

姫子は、少し若葉に視線を絡ませながら武子の方へ引き返していった。そのままその場から二人共離れていった。若葉はその場で力が抜けたようにヒザを突いてしまった。

〈ウテナ〉「若葉!大丈夫?」

ウテナは若葉の身体を抱いて支えた。

姫子は、若葉の名を知っていた。若葉には心当たりがなかった。

〈若葉〉「う、うん…大丈夫。」

若葉はウテナの肩を借りて立ち上がった。

〈ウテナ〉「良かったね、何にもなくて。」

〈若葉〉「うん…でも…」

〈ウテナ〉「何だい?」

〈若葉〉「…なんであの人達、あんなに怖がられるのかしら。」

〈ウテナ〉「へっ?」

〈若葉〉「…だってよく考えたら、何にも悪い事してないのに。」

〈ウテナ〉「…そういやぁ、そうかな。舞踏会の時も、西園寺が仕掛けただけだし…」

〈ハニー〉「…とにかく帰りましょう!」

ハニーは、若葉とウテナの肩を叩いた。

〈ウテナ〉「そうだね。とにかく帰ろう!」

四人共すぐに明るさを取り戻して歩き出した。アンシーは微笑んで彼女達のやり取りを聞いていた。

校門を出た所で、今度はハニーが足を止めた。

〈ハニー〉「あら?」

ウテナ達の歩く並木道の角に、一人の男性が立っていた。ハンチング帽子と、茶のジャケットを着ている。ハニーに向かっててを振った。

〈ハニー〉「ちょっとゴメンなさい。先に帰ってて。」

ハニーは、その男の方へ駆けていってしまった。

〈ウテナ〉「へー、ハニーさんの恋人かなあ。」

ウテナ達は、ハニーの方を気にしつつ、寮の方へ歩いて行った。

 

*次回 第6話『ハニーちゃんやーい!』

 

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