○第8話『午後の授業の大作戦』

 

《前回までのあらすじ》

「ボクは、王子様になる!」「天上ウテナ」は、密かな思い出と決意を胸に名門鳳学園中等部に入学した。男子の制服を着る変わった女の子だった。ある日彼女は生徒会が行っている『決闘ゲーム』に巻き込まれ、『薔薇の花嫁』と呼ばれる「姫宮アンシー」を守る為に決闘場で闘う事になってしまう。だがその類まれな能力で彼女は決闘を挑んでくる生徒会メンバー達、「桐生冬芽」「西園寺恭一」「有栖川樹璃」「薫幹」「桐生七美」の挑戦をことごとく退けてきた。『決闘の勝者』には、『世界を革命する力』が与えられるといわれているが、果たして・・・?

最近は、その挑戦者が意外に人物になってきていた。「鳳香苗」「薫梢」「高槻枝織」「石蕗美蔓」「篠原若葉」「苑田茎子」・・・。彼らの胸には、『黒薔薇』がつけられていた。更にその陰で、謎の者達が暗躍をしていた。決闘に関わった生徒達を監禁し、尋問を掛け、他の生徒達にも暴行を加えていた。彼らもまた『世界を革命する力』を求めてやってきたのだった。転校生として、謎の女生徒2人が侵入してきた。これを受け入れた鳳学園理事長代理である「鳳暁生」は、対抗手段としてある一手を講じた。

次の日、その女の子は鳳学園に現れた。彼女の名は、「如月ハニー」。冬芽は彼女と謎の転校生2人の関係を探るべく、舞踏会を開催する事にした。華やかな衣装で舞踏会の注目を集めたハニー。しかし「神崎姫子」と「神武子」の登場と共に会の雰囲気も壊されてしまった。彼らに異常な危機感を抱いた西園寺は、真剣で切りかかるが巨体の武子の動作一つで会場の外まで吹き飛ばされてしまった!ハニーは、ウテナ達と同じ東館の女子寮に入室した。続いて鳳学園では「アルフォンヌ先生」「常似ミハル先生」の恩師達も登場(笑)!そして西園寺いるの道場では、謎の道場破りが彼に立合いを挑んできた!一方、お昼休みに中庭で楽しく昼食を採るウテナ達。突然、ハニーが理事長室に呼び出され、ウテナとアンシーもついて行く。理事長室では、姫子と武子が、暁生に『決闘ゲーム』参加の承認を迫っていた。暁生は、彼女達に研究室の「御影草時」を訪ねる様にと、『薔薇の刻印』の入ったメッセージカードを渡す。同じ部屋でウテナ達とバッタリ遭遇するが、今回は何も起きなかった。

教室に戻ったハニーは、授業に退屈して学園脱走を企てる。ミハルとアルフォンヌの妨害をかい潜って、大胆にも学校を出てしまった。一方姫子と武子達は、暁生に指定された場所に来ていた。遺体焼却場で、彼女達は『黒薔薇の刻印』の入った指輪を手に入れていた。学校に戻ったハニーは、ウテナとバスケットボールで対決。無敵だったウテナを圧倒する。下校しようとする時、再び姫子達と出くわすが、何事もなく去ろうとした武子が落した「黒薔薇の刻印」のは行った指輪を、若葉は何気なく拾って返してしまう。校門を出時、ハニーにまた来訪者があった。訪ねてきた「早見青児」より、ハニーは『王子と魔女の物語』を聞く。続いて東館に帰ったハニーを待っていたのは「早見団兵衛」「早見順平」!彼らも、そのままウテナ達の東館に居候してしまった。その世、ハニーはウテナが鳳学園に来た理由を彼女の口から聞く。

次の日、ハニーもウテナの真似をして男子制服に着替えて登校する。しかし学園の校門には、人だかりが出来て中に入れない。見ると、「早見直次郎」が聖パラダイス学園の生徒達を連れて乗り込んでいたのだった。直次郎達に帰るように言うハニー。「足手まといになる」という理由を示す為に、ウテナを相手にケンカをする者を集う。結局パラダイス学園男子生徒達と鳳学園生徒会の大喧嘩となったが、これは生徒会の圧勝となる。

《薔薇の棘》

枝織〉「今朝は大変でしたね、樹璃さん。」

樹璃〉「…いや、大した事はない。」

〈枝織〉「男の子達と闘う樹璃さん…カッコ良かった。」

〈樹璃〉「…」

〈枝織〉「樹璃さんのクラスに転入した人…あの人素敵ですね。この前もバスケットで大活躍で。」

〈樹璃〉「…」

〈枝織〉「スポーツ万能って感じ。…でもフェンシングはどうなのかなぁ。」

〈樹璃〉「…」

〈枝織〉「どっちが素敵かしら…負けないですよね?樹璃さん。」

〈樹璃〉「…ああ。フェンシングなら負けない。」

 

《午前の授業中》

〈樹璃〉「久しぶりになかなかいい運動をさせてもらったよ。」

樹璃は机に頬杖を突きながら、右隣の席へ視線を送っていた。

〈ハニー〉「…そうですか?ああ、樹璃さんカッコ良かったですよ。とっても。」

ハニーは授業を聞いているようだ。珍しく前の黒板を見ている。

〈樹璃〉「…君もな。」

ハニーにはその意味がわからなかったらしい。特に反応はなかった。

〈樹璃〉「…あの君の横にいた大男が相手だったら、冬芽や西園寺ならともかく私では歯が立たなかっただろうな。…まあ、フェンシングなら別だがな。」

授業に聞き入っているのか、ハニーは前を見たままだった。

〈樹璃〉「あの男、君のいうことを聞いていたようだが、君は彼らのヘッドなんだな。あの男は君の部下という事になるな。」

〈ハニー〉「…まさか。違いますよ。」

ハニーは前を見ながら少し笑った。

〈樹璃〉「そうかな?あの男、普通は番を張るタイプだ。君に気があるのかもしれないが、それだけならばなおのこといい所を見せたくなるものだ。君が止めるのを無視してあのケンカの輪に入っていっただろう。」

ハニーはまだ授業を聞いていた。その仕種は実に白々しく見える。

〈樹璃〉「あの男は、君を頭として認めているのさ。あんなタイプの男が頭と認める時というのは、直接対決して打ち負かされた時だ。」

いつもの樹璃と違い、授業中にも関わらずその態度はくだけたものに見えた。この会話も教壇に居る教師の耳には聞こえているはずであった。しかし何故か彼女に注意する者はいない。

〈樹璃〉「君はおそらく、あの男と決闘して勝ったのだろう?そうでなければ今朝の出来事は有り得ない。」

〈ハニー〉「…そんなぁ。買いかぶり過ぎですよ。」

ハニーは何やら愛想笑いをしているようにも見える。(確かに樹璃の言うように、パラダイス学園転校時に直次郎との決闘はあった。もっとも樹璃が想像しているようなカッコイイものではなかったが。)

〈樹璃〉「…昨日西園寺が、剣道場で何者かに立合いを挑まれ敗れたらしい。あの男も剣にかけては大した物だ。彼を破った奴はかなりの剣の使い手と考えた方がいいだろう。」

〈ハニー〉「…」

〈樹璃〉「私は、その者が我々生徒会メンバーの実力を試しているのだと見ている。そしておそらく、その者が次に立合うのはか…この私だ。」

〈ハニー〉「…」

〈樹璃〉「私は、逃げも隠れもしない。今日の昼休み、フェンシング場で待つ事にしよう。」

 

 

《ウテナの休憩時間》

ウテナ〉「いやぁー、しかしあんなに盛大にケンカしたのって生れて始めてだったよ。」

一時間目が終わり、ウテナ達は早速今朝の大喧嘩の余韻に浸っていた。

若葉〉「まあ、あんな経験する人めったにいないと思うけど。」

〈ウテナ〉「でも若葉も何人か倒してたよね。びっくりしちゃった!」

アンシー〉「御二人共、とても素敵でしたわ。」

〈ウテナ〉「姫宮は、ミッキーに守ってもらってたんだよねぇ。これで彼のポイントも上がったんじゃないの?」

〈アンシー〉「どもども。」

〈ウテナ〉「でもミッキーも姫宮と梢ちゃんと二人もかばわなきゃならなかったから大変だったろうなぁ。あ、梢ちゃんはフォロー要らなかったのかな?」

〈若葉〉「急所攻撃してたもんねぇ。なんか場慣れしている感じ。でもハニーさんの変わりようも驚いちゃったわ!」

〈ウテナ〉「そーだよねぇ!ただモンじゃないとはこの前のバスケでも思ったけど、まさか番長さんだったとはねぇ!ああ、なんだか見る眼が変わっちゃったなぁ。色々武勇伝かなんかあるんだろうね。昼休みにでも聞いてみようかなぁ。」

〈若葉〉「なんだかウテナ嬉しそうね。ハニーさんのファンになっちゃった?」

〈ウテナ〉「うん、そーだね!せっかくだからボクも弟子入りしようかなぁ。あー、早く昼休みになんないかなぁ。」

〈アンシー〉「…ウテナ様。ハニーさんはお昼は御一緒できないとおっしゃってましたよ。」

〈ウテナ〉「へっ!なんで」

〈アンシー〉「何でも、今日のお昼は樹璃さんと一緒に食べるそうですから。」

〈ウテナ〉「あ、そうか。樹璃先輩と同じクラスだもんね。じゃあしょうがないか。」

〈若葉〉「…なんだかイカツイ組み合わせね。」

 

《そして昼休み》

ユニフォームを着て、樹璃と幹はフェンシング場に現れた。二人はサーベルとマスクを脇に抱えて、場内に眼を配りながら中央に歩いていく。

〈樹璃〉「…まだの様だな。」

〈幹〉「…本当に来るんですか?」

幹は、樹璃に誘われてフェンシング場に来た様である。その意味も良く理解していない様子だった。

〈樹璃〉「…来るさ。」

樹璃は場内にまだ誰も来ていない事を確認した。

〈樹璃〉「少し肩慣らしをしておこう。」

マスクを足元に置くと、二人は向かい合って基本動作の稽古を始めた。相手の攻撃を捌いて防御する動作を、交互に行うのである。乾いたサーベルの交わる音が、フェンシング場に響き始めた。

 

《井戸端会議》

七実〉「ナーンデあの二人は来てないのー?!この鳳学園が一大事だという時に!」

西園寺〉「そういうおまえも2回欠席していたではないか!」(作者が書くの忘れていただけです…)

〈七実〉「わーたしが悪いんじゃないわよ!石蕗、お茶!」

〈石蕗〉「ハーイ、ただいま!」

学生服にフリル付きの真っ白なエプロンを着けた石蕗美蔓が、湯飲みの乗ったお盆を持って奥から出てきた。青空の見える広い生徒会室に、ポツリと三畳の畳とその上にコタツが置かれている。薔薇プリントのコタツ布団に、七実、西園寺、冬芽の三人は足を突っ込んでくつろいでいた。

石蕗は上履きを脱いで畳の上に上がると、三人の前の湯飲みを置いていった。

〈石蕗〉「あの、和菓子です。」

「赤福」の乗った皿も置いていく。

〈冬芽〉「二人から欠席の事は聞いている。今日集まってもらったのは先日の昼休み、副会長である西園寺が、何者かに立合いを挑まれ敗れた。」

冬芽はコタツ台の上の籠からミカンを一つ手に取り、皮をむき出した。西園寺のはだけた上着から、包帯が巻かれた腹部が覗いている。

〈七実〉「なーにーそれ?西園寺が負けたら何だった言うのー?決闘でも負けてばっかりじゃないのー。」

七実は畳にうつ伏せになって、ティーンズ雑誌を読み始めた。すかさず石蕗は、木の器を畳に置いた。中には「柿の種」が入っている。

〈西園寺〉「お前もそうだろうが!」

〈冬芽〉「西園寺の剣道の腕は、全国高校生でも屈指のものだ。こいつに勝てる者はそういない。ましてこの鳳学園では、決闘に参加する我々生徒会メンバーぐらいしかいない筈だ。」

冬芽は皮をむいたミカンの、今度は筋を一本一本取り始めた。

〈七実〉「へー、そうなのー?じゃあ天上ウテナは、全国高校生屈指の西園寺より強い中学生って事ねー。」

七実は、ティーンズ雑誌を読んで「柿の種」を食べている。西園寺は露骨に不愉快な顔をした。

〈冬芽〉「とにかく、それ程の能力を持ったものが我々の決闘に参加してきた場合、今の勝者に成り代わる事は確実だろう。」

冬芽は、まだミカンの筋を取っている。

〈七実〉「そう言えば西園寺って、舞踏会の時もあの怪物に派手に投げ飛ばされていたわねぇ。あんなのが決闘に入ってきたら、誰も勝てっこないわよねぇ。」

七実は石蕗にティーンズ雑誌を持たせて、その内容に見入っているようだ。

〈西園寺〉「あのもう一人の女も…」

西園寺は両手を添えて、湯飲みのお茶を一口飲んだ。

〈冬芽〉「…神崎姫子か。彼女と立合ったのか。」

〈西園寺〉「いや違う。…あの動き、俺の眼では追う事が出来なかった。」

西園寺は、楊枝を使って「赤福」を二つに切り、一口食べた。

〈冬芽〉「…別の相手という事か。この所、色々と本校を訪れるものも多いが…。」

冬芽は、ようやく筋を取り終わったミカンの一つを口に入れた。

〈七実〉「今朝の奴等じゃない事は確かよねぇ。」

七実はまだ雑誌を読んでいる。

〈西園寺〉「ああ、あの大男相手でも俺や冬芽なら問題ないだろう。…あの女番がそれほどの使い手には見えないしな。」

七実は上体を起こして、冬芽の方を見た。

〈七実〉「で、お兄様。何であの二人は欠席なんですか?」

〈冬芽〉「うむ。おそらく次は、彼らにその者が挑んでくるだろう。」

〈七実〉「へー…」

七実は、またうつ伏せになって雑誌を読み始めた。冬芽はミカンの実の袋を口から指でつまみ、むいた皮の上に返した。

 

VS有栖川樹璃》

樹璃と幹のそれぞれの体が温まり始めた頃、2階のせり出しに人影が現れた。ガラス張りの壁面から日の光が射しこみ、それを背に立つその者は誰なのかはわからなかった。樹璃は幹に手を上げて合図をし、稽古を終わらせ、2階のせり出しを見上げた。

〈樹璃〉「…来たな。」

その者は、既にフェンシングのユニフォームに身を包みマスクを被っていた。そのシルエットから女性である事が判る。

〈樹璃〉「待っていたぞ!さあ、どちらを相手にする」

その女は、黙ってサーベルの先を樹璃の方へ向けた。

〈幹〉「くっ!…」

幹は自分が選ばれなかった事に、少し口惜しさを感じた。樹璃は、おそらくそうなるだろう事を確信していた。彼女はこれからの手合わせに心踊るのか、実に迫力のある笑みを浮かべた。

樹璃にサーベルを向けた女は、脇の階段で下に降りるのかと思われたが、何とそのまま無造作にせり出しの手すりに片手をかけて飛び越えた。そして5メートルはある高さから、軽く「トン!」という音をたてただけで下の階に降り立った。幹はその動きが明らかに非人間的であると感じ、不安を覚えた。しかし樹璃の笑みは消えなかった。

相手はやや前傾姿勢で足を外股に、フェンシングの構えを取った。樹璃もその動きに合わせるように構えた。その場の空気が凝縮したように、一瞬三者の間に張り詰めた緊張に包まれた。

ヒュッ!

相手の身体は、フィルムのコマが跳んだかのように一瞬で体勢を変えていた。女の手から伸びたサーベルは、樹璃の体には当たらずその手前で止まっていた。樹璃と幹は背筋が凍りついた。二人ともその動きが捉えられなかったのだ。樹璃の身体に当たっていなかったのは幸いだが、当たっていたらその段階で勝負はついている所だった。

〈樹璃〉「ムウッ!」

樹璃の身体は、いきなりトップ・スピードで動き出した。マシンガンのような眼にも止まらぬ連続付きを繰り出す!樹璃はまず牽制をして相手との距離を取るつもりだった。

カ!カ!カ!カ!カ!カ!カ!

しかし相手は、下がれば避けれるその攻撃をすべてサーベルで捌いてしまった!しかし樹璃の手は止まらない。更に踏み込みを大きくして、相手のポイントを攻撃し始めた。これまでの動きは、途切れる事なく流れるように繰り出された。

〈樹璃〉「はっ!はっ!はっ!はっ!」

樹璃の力強い攻撃に、相手は剣でそれを流しつつ下がって距離を取り始めた。しかし樹璃は、そのまま攻撃の度に前に踏み出し、相手にプレッシャーを掛ける。競技大会ではないので、ゾーンなど関係がない。そのまま壁際まで追いつめるつもりだった。

キシュン!キシュン!キシュン!キシュン!キシュン!

樹璃の重い突きを捌き続けるのはかなり難しい。一度主導権を握らせると、そのまま押し込まれてしまう。最初の相手の動きを見ると、樹璃はこの方法しかないと反射的に動いたのだった。樹璃の攻撃に押されて、相手は壁の近くまで下がって来た。気を抜く事なく、樹璃は更に突きを繰り出した。しかし相手はそれを受ける事なく、斜め手前にヒラリと身体を翻らせた。

キュキュッ!

手応えなくやや前につんのめって、樹璃は危うく壁に頭をぶつける所だったが踏み止まり、体勢を整えて次の突きを繰り出した。

相手は軽い足さばきで、樹璃の背後へ回り込んだ。

〈樹璃〉「くっ!」

樹璃は「切り」の攻撃も加えたコンビネーションで、更に攻め続ける。しかし相手は一歩も下がらずに、ヒラリヒラリとかわしながら樹璃の周りを回った。

 

《ウテナ達の食後》

ウテナ、アンシー、若葉の三人は、食堂から教室へと歩いていた。

〈ウテナ〉「…ハニーさん、どこで昼食とったのかなぁ。食堂にはいなかったし…」

〈アンシー〉「さあ、案外外で食べてたんじゃないですか。」

〈ウテナ〉「えっ、樹璃さんも一緒なのに?…ああ、でも樹璃さんなら平気で外食しそうだなぁ。生徒会メンバーなのに…会長も会長だしナー。」

〈若葉〉「あ、それ言えてる!生徒会の人ってなんか役員のクセに校則守ってないって言うか…あ、でも…真面目な人もいるけど…」

何故か途中で若葉の元気がなくなり、下を向いてシュンと立ち止まってしまった。

〈ウテナ〉「…そうそう、ミッキーとかね。」

ウテナは、優しく若葉の顔を覗きこんだ。

〈若葉〉「う、うん、そう!ミッキーとかね…。」

若葉は、再び笑顔に戻った。

アンシーは静かに二人を見ていた。

 

VS有栖川樹璃》

〈樹璃〉「はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!」

樹璃の連続攻撃は、未だに相手には当たっていなかった。彼女のバネを駆使した動きに対して、相手は実にリラックスしたフットワークでヒラリヒラリとポジションを変えていく。ここまで驚異的な集中力で攻め続けた樹璃だったが、その勢いにかげりが出始めていた。

キィィン!

鋭い金属音と共に、樹璃は前方に弾き飛ばされいていた!剣は弾かれて、回転しながら天井に舞い上がってしまった!剣と腕ごと前方へ飛ばされてしまったのだった。

ドン!

とっさに床で前転し、樹璃は片ヒザをついて立ち上がった。剣は更に前方の床に突き刺さった。すぐ近くに幹が立っているのを見、樹璃は駆け寄って彼のサーベルを掴み取った。構えると、相手は樹璃の目の前に迫っていた!

〈樹璃〉「イィィヤァァァッ!」

疲れが見え始めた身体を、樹璃は気迫で奮い立たせた。渾身の一撃を繰り出す!その剣の軌道にあわせ、相手は剣でそれを振り払った。

キシュン!

自らのと払われた勢いで、樹璃はまた剣を飛ばされそうになった!しかし今度は、その勢いに合わせて何とか踏み止まった。

キュキュキュッ!

すぐに構えて、次の攻撃を繰り出す!

キィィィン!

しかし剣を合わされて、身体が大きく揺らいだ!

〈樹璃〉「くううっ!」

しかし樹璃は踏ん張った。構えてまた攻めた!

カァァァン!

また払われた!だが樹璃はこらえて切りかかった!

《ハニーの手紙》

〈アンシー〉「ウテナ様、実は私ハニーさんからお手紙を預かっているんですよ。」

〈ウテナ〉「へっ!手紙?いつの間に?」

〈アンシー〉「御昼休みの前に、チュチュが持ってきたんです。」

アンシーは、封筒を取り出してウテナに渡した。ピンクのハートマークで閉じてあった。

〈ウテナ〉「まるでラブレターみたいだね。」

ウテナは、受け取った封筒を開けようとした。

〈アンシー〉「あっ!まだ開けてはいけません!」

アンシーは慌ててウテナの手を掴んで止めた。

〈ウテナ〉「へっ?」

〈アンシー〉「その手紙は、5時間目が始まってから読んで欲しいそうです。」

〈ウテナ〉「…授業が始まってから?」

〈若葉〉「なんで?」

アンシーは、黙って微笑んだ。

 

VS有栖川樹璃》

〈樹璃〉「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

激しい呼吸と、心臓の鼓動が、樹璃の鼓膜に響いていた。汗は身体中を流れ、巻き毛の髪は顔にへばりついていた。だが彼女の眼には、僅かな光があった。

〈樹璃〉「ハァァァッ!」

ガクガクのヒザで、踏み出す!

キイィィィン!

跳ね上げられた剣に振り回されながら、樹璃は無様によろめいた。しかし剣は手から離れなかった。片ヒザをついたが、その勢いを使って立ち上がる。

〈樹璃〉「ムウッッ!」

振り返って構えたが、相手はその眼の前で剣を振っていた!

ギャイィィン!

剣は、再び天井に飛ばされてしまった。樹璃は力尽きたように、その場に倒れこんでしまった。

〈樹璃〉「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

身体中が小刻みに震えていた。しかし樹璃は上体を起こした。

その目の前に、相手のサーベルの切っ先があった。軽く胸を突かれると、樹璃は再び倒れた。

〈幹〉「樹璃さん!」

幹は駆け寄って彼女を抱き起こした。樹璃はうつろな眼で、フェンシング場の天井を見ていた。

〈樹璃〉「…完全に…もてあそばれてしまった。…完全に…」

樹璃は怒りに震える気力も使い果たしたのか、うわ言のようにつぶやいた。

女の姿は、フェンシング場から消えていた。

 

《午後の授業》

〈委員長〉「きりーっ!礼!着席!」

席に座ると、若葉がソワソワとウテナの背中に声をかけた。

〈若葉〉「ネーネー、手紙見ようよ。」

〈ウテナ〉「エー!まだ授業始まったばかりだよ。」

〈若葉〉「いーじゃん、授業始まったら見てもいいんでしょ早く早くぅ〜!」

わざわざ読む時間を指定したハニーの手紙に、若葉は興味があったのだった。

〈ウテナ〉「…しょうがないなぁ。」

ウテナは手紙を取り出し、教科書を机に立てて隠しながら封を開いた。

〈ウテナ〉「ふぇっ?!」

手紙の中身を見て、ウテナは思わず声を上げてしまった。

〈男の先生〉「ん!天上、どうした?」

〈ウテナ〉「あっ!イ、イヤ…なんでもないです、すいません…」

教室の生徒達から笑いが起こった。ウテナは真っ赤になって、教科書で顔を隠した。

〈若葉〉「どうしたのよ、何が書いてあったの?」

授業が進み始めると、若葉はコッソリとウテナに聞いた。ウテナは教科書で顔を隠したまま、手紙をそっと若葉へ差し出した。

〈若葉〉「ひゃっ?!」

若葉は思わず声を上げてしまった。

〈男の先生〉「ん!今度は篠原か?おまえ達何をしているんだ。」

〈若葉〉「イ、イエ何も!す、すいませ〜ん…」

若葉も真っ赤になって、教科書で顔を隠した。

再び授業が進み始めると、若葉は恐る恐るウテナに顔を近づけた。

〈若葉〉「…あんた、これどうすんの?」

〈ウテナ〉「…どうしよう…」

 

ウテナちゃんへ

本日5時間目、

脱走決行よっ!

ハニーより

*次回 第9話『続・午後の授業の大作戦』

 

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