《前回までのあらすじ》
「ボクは、王子様になる!」「天上ウテナ」は、密かな思い出と決意を胸に名門鳳学園中等部に入学した。男子の制服を着る変わった女の子だった。ある日彼女は生徒会が行っている『決闘ゲーム』に巻き込まれ、『薔薇の花嫁』と呼ばれる「姫宮アンシー」を守る為に決闘場で闘う事になってしまう。だがその類まれな能力で彼女は決闘を挑んでくる生徒会メンバー達、「桐生冬芽」「西園寺恭一」「有栖川樹璃」「薫幹」「桐生七美」の挑戦をことごとく退けてきた。『決闘の勝者』には、『世界を革命する力』が与えられるといわれているが、果たして・・・?
最近は、その挑戦者が意外に人物になってきていた。「鳳香苗」「薫梢」「高槻枝織」「石蕗美蔓」「篠原若葉」「苑田茎子」・・・。彼らの胸には、『黒薔薇』がつけられていた。更にその陰で、謎の者達が暗躍をしていた。決闘に関わった生徒達を監禁し、尋問を掛け、他の生徒達にも暴行を加えていた。彼らもまた『世界を革命する力』を求めてやってきたのだった。転校生として、謎の女生徒2人が侵入してきた。これを受け入れた鳳学園理事長代理である「鳳暁生」は、対抗手段としてある一手を講じた。
次の日、その女の子は鳳学園に現れた。彼女の名は、「如月ハニー」。冬芽は彼女と謎の転校生2人の関係を探るべく、舞踏会を開催する事にした。華やかな衣装で舞踏会の注目を集めたハニー。しかし「神崎姫子」と「神武子」の登場と共に会の雰囲気も壊されてしまった。彼らに異常な危機感を抱いた西園寺は、真剣で切りかかるが巨体の武子の動作一つで会場の外まで吹き飛ばされてしまった!ハニーは、ウテナ達と同じ東館の女子寮に入室した。続いて鳳学園では「アルフォンヌ先生」「常似ミハル先生」の恩師達も登場(笑)!そして西園寺いるの道場では、謎の道場破りが彼に立合いを挑んできた!一方、お昼休みに中庭で楽しく昼食を採るウテナ達。突然、ハニーが理事長室に呼び出され、ウテナとアンシーもついて行く。理事長室では、姫子と武子が、暁生に『決闘ゲーム』参加の承認を迫っていた。暁生は、彼女達に研究室の「御影草時」を訪ねる様にと、『薔薇の刻印』の入ったメッセージカードを渡す。同じ部屋でウテナ達とバッタリ遭遇するが、今回は何も起きなかった。
教室に戻ったハニーは、授業に退屈して学園脱走を企てる。ミハルとアルフォンヌの妨害をかい潜って、大胆にも学校を出てしまった。一方姫子と武子達は、暁生に指定された場所に来ていた。遺体焼却場で、彼女達は『黒薔薇の刻印』の入った指輪を手に入れていた。学校に戻ったハニーは、ウテナとバスケットボールで対決。無敵だったウテナを圧倒する。下校しようとする時、再び姫子達と出くわすが、何事もなく去ろうとした武子が落した「黒薔薇の刻印」のは行った指輪を、若葉は何気なく拾って返してしまう。校門を出時、ハニーにまた来訪者があった。訪ねてきた「早見青児」より、ハニーは『王子と魔女の物語』を聞く。続いて東館に帰ったハニーを待っていたのは「早見団兵衛」と「早見順平」!彼らも、そのままウテナ達の東館に居候してしまった。その世、ハニーはウテナが鳳学園に来た理由を彼女の口から聞く。
次の日、ハニーもウテナの真似をして男子制服に着替えて登校する。しかし学園の校門には、人だかりが出来て中に入れない。見ると、「早見直次郎」が聖パラダイス学園の生徒達を連れて乗り込んでいたのだった。直次郎達に帰るように言うハニー。「足手まといになる」という理由を示す為に、ウテナを相手にケンカをする者を集う。結局パラダイス学園男子生徒達と鳳学園生徒会の大喧嘩となったが、これは生徒会の圧勝となる。枝織に焚き付けられ、樹璃はハニーにフェンシングでの立会いを迫る。その昼休み、幹と共にウォーミングアップをする樹璃の元にフェンシングスタイルをした謎の女が現れた。樹璃は自信満々で挑んだが、惨敗に終わる。そして午後の授業中、アンシーがハニーから託ったというメッセージカードをウテナ達は開いて・・・!?
《ミッション・インポッシブル》
ウテナちゃんへ 本日5時間目、 脱走決行よっ! ハニーより |
〈若葉〉「…あんた、これどうすんの?」
〈ウテナ〉「…どうしよう…」
ウテナもどうしていいか判らなかった。こうしている間にも、ハニーはおそらく軽々と教室を脱出しているはずである。さすがのウテナもためらってしまう行動であった。全く無茶な事を言うお姉さんである。
〈アンシー〉「アァッ!」
後ろから、アンシーのうめく声が聞こえた。教室中の視線が、今度はアンシーの方へ集まる。アンシーは自分の席からよろめいて、床で小さくなっていた。
〈男の先生〉「おい!どうした姫宮?!」
先生がアンシーの方へ駆け寄ってきた。
〈アンシー〉「す、すいません。突然腹痛が…」
アンシーは苦しそうに自分のお腹を手で押さえている。顔を上げると、視線もうろうで汗が頬を伝っていた。午前中も昼休みも、彼女に変な様子はなかった。ウテナには、アンシーが腹痛を起こしそうな心当たりは思いつかなかった。
しかしよくよく見ると、彼女のうつろな視線はチラチラとウテナの方へ何度も送られているではないか。ウテナには、その意味が判ってしまった。胸の鼓動が自分の耳に聞こえるぐらい激しくなり、手が汗ばんでくるのを感じる。
〈アンシー〉「ああ痛い!我慢できないわ…苦しい…」
アンシーの苦しみ方に、更に迫力が増してきた。送られてくる視線は、明らかに何かを訴えている。
〈ウテナ〉「い、痛いったって…そんなぁ…」
ウテナは、タジタジでその場から動けずに見守るだけだった。
〈若葉〉「…そ、それは大変だわ!」
その後ろで若葉が、ジワジワと腰を上げた。ウテナはビックリして若葉の方を見た。
〈若葉〉
「ほっ、保険室に連れていかなくっちゃっちゃっ …ねぇウテナ?!」
〈ウテナ〉「へっ?!」
若葉の顔は、心なしか引きつっていた。お互いに見詰め合う視線に、奇妙な緊張感が流れていた。こうなると、ウテナも無関係では居られなくなった。
〈ウテナ〉「そっ!そっ!そうだね!保険室に行かなくっちゃ!」
自分でも判っているのだが、声が裏返っている。異常に不自然なリアクションでウテナは席を立った。椅子は勢いが付き過ぎて、後ろの若葉の机にぶつかって大きな音を立てた。
《まずトイレへ》
〈アンシー〉「さあ、いきましょうか。」
廊下の角を曲がった瞬間、アンシーはケロッとした顔で先頭を歩き出した。
〈ウテナ〉「ひ、姫宮…やっぱり判ってたの?」
〈アンシー〉「ええ。」
アンシーは実に涼しげな表情で応えた。
〈若葉〉「…あんたって、いざとなると凄い事すんのねぇ。」
若葉は奇妙に感心している。
〈アンシー〉「あら、でもよかったじゃないですか。三人一緒で。」
アンシーは嬉しそうに笑った。
〈アンシー〉「さあ、どうぞ。」
アンシーはここに入るように二人を促した。
〈ウテナ〉「えっ、女子便所ぉ?」
ウテナ達が入ると、中では普段着を来たハニーが待っていた。
〈ハニー〉「おっ、三人御揃いで来たわね。」
ハニーはとても嬉しそうだった。彼女になついたのか、チュチュがハニーの方の上に居た。
〈アンシー〉「さあ皆さん、これに着替えて下さいね。」
アンシーは、掃除箱の中から3着の服を取り出した。
〈ウテナ〉「姫宮、君って…」
《鬼の横を》
柱の影から顔を覗かせたハニーは、後ろに指で招く合図をした。茂みの中からウテナ、アンシー、若葉の三人は、ハニーの居る柱の影まで走った。
〈ハニー〉「…第二関門よ。」
ハニーの影から三人は、彼女の視線の先を見た。
〈ウテナ〉「ウヒャー…」
生活指導の「みょうばん」が居る。隣で煙草のノロシを上げているのはヒストラー(常似ミハル)である。アルフォンヌは、二人の周りをクマデで掃除しながらウロウロしていた。
〈みょうばん〉「…こんなところで待っていて、何か意味があるんですかねぇ。」
どうやら一日中ここで立っていたらしい。いい加減飽きてきた様子であった。
〈ミハル〉「私にゃあわかるんだよ。絶対にあの女は今日も脱走するね。」
ミハルは腕組みをして仁王立ちしていた。攻撃用に、クマデも組んだ腕に挟んでいる。チェーンスモークを続けていたのか、足元には煙草の吸い殻がいくつも落ちていた。
アルフォンヌは鼻歌を歌いながら、ミハルの足元に溜まった吸い殻をクマデでちりとりに入れた。おそらくこれを何回も繰り返していたのだろう。
〈アルフォンヌ〉「そーねー、ハニーちゃんならこんなキレイな街だったら何回も出掛けるわよねぇ。ん〜今度は美味しいケーキちゃんなんかいいわよねぇ〜。」
〈ミハル〉「んー?アルフォンヌ先生、ケーキって何の事ですかぁ?!」
〈アルフォンヌ〉「イヤイヤイヤイヤイヤ、何でもない子ちゃんなのよ!ホッホッホッ…」
アルフォンヌは、慌ててミハルに背を向けた。
〈みょうばん〉「まったく。授業をサボるなんて。今までに我学園ではこんな非常識なかったですわよ!格式高い伝統のある我校にこんな…」
チラリとミハルの方を見たが、気付かれる前に視線を戻した。
〈みょうばん〉「…まあ、男子生徒の格好をする変な女の子なら居ますけどねぇ。」
〈ウテナ〉「…それってボクの事?」
ウテナは、小声で静かに突っ込みを入れた。
〈若葉〉「シーッ!聞こえたらどうするのよ!」
若葉の声の方が大きかった。
〈アンシー〉「このままでは、先へ行けませんね。」
アンシーは異常に落ち着いていた。肩の上で、チュチュがクッキーを食べている。
〈ハニー〉「大丈夫よ。昨日アルフォンヌ先生にお土産持って行ったから。」
〈ウテナ〉「…それって買収ですか?」
アルフォンヌが近づいてくると、ハニーは後ろの二人に気付かれぬように身を乗り出して手を振った。
〈アルフォンヌ〉「あっ!」
ハニーに気が付いたアルフォンヌは、嬉しそうにこちらに来ようとした。クセなのか、反射的に手が自分の乳房を触っている。ハニーは慌ててそれを止めて、自分達の行きたい方向を指差した。ウテナ達までこれにつられて同じ方角を何度も指差している。
〈ミハル〉
「アルフォンヌ先生、何かありましたかぁ〜っ?!」
〈アルフォンヌ〉「イヤイヤイヤイヤイヤ、何でもないのよ!ホッホッホッ…」
アルフォンヌはハニー達にウィンクして、ミハル達の方へ戻っていった。ちょっとゾッとするウィンクだった。心なしか戻る足取りがスキップを跳んでいる様である。
〈アルフォンヌ〉「アーっ!見て見てUFOちゃんなのよ〜っ!!」
ハニー達はその場でコケてしまった。
〈ミハル&みょうばん〉「はぁ?」
「バカかコイツ」と思いながらも、二人はその方を見てしまった。
〈ハニー〉「今よっ!」
ハニー達は素早くミハル達の横を走り過ぎた!
〈若葉〉「やった!難関突破成功っ!!」
若葉は飛び上がって喜んだが、
〈チュチュ〉「チュ〜ッ!!」
チュチュの大声がした!振り返るとチュチュが地面に落ちていた。アンシー達が走り出したのに気付かず、肩から落ちてしまったのだ!
〈アンシー〉「チュチュ!!」
チュチュの声で、みょうばん達は気付いてしまった。
〈みょうばん〉「んまぁ〜あなた達っ!!」
〈ウテナ〉「姫宮、先に行って!」
ウテナはすぐその場に駆け戻った。
〈ミハル〉「こぉらあんた達!脱走する奴は、どいつでも許さないよぉ〜っ!!」
ミハルは手にしていたクマデを大きく振りかぶり、チュチュを拾い上げたウテナに襲い掛かった!
〈ウテナ〉「うわぁっ!!」
ウテナは、驚いてその場から飛びのいた!風圧でウテナの髪がなびく!
〈ミハル〉「うりゃあああ!」
間を置かず第2打がウテナを襲う!みょうばんはヒステリーなだけだが、ミハル(ヒストラー)はケタが違う。攻撃も形相も凄い迫力であった。
〈ウテナ〉「うわぁぁぁ〜っ!」
次の攻撃も何とかかわした。クマデ攻撃の連打!当たったらその場に叩き付けられそうな勢いである。明らかに本気である。
〈ウテナ〉「うわぁぁぁ〜っ!」
アンシーと若葉は、既に校門前まで走っていた。
〈ハニー〉「ウテナ!」
ハニーは、ウテナの方へ戻ってきた。ウテナはミハルの迫力に食われてしまって、尻モチをついてしまっていた。
〈ハニー〉「とお〜っ!」
クマデを振るうミハルの頭を乗り越えて、ハニーはみょうばんの目の前まで跳んだ。(それは、ハニーのパンティーを拝めるベストポジションであったが、残念ながらミハルには彼女のお色気は通じない)
〈みょうばん〉「きゃああっ!」
みょうばんは、オバさんな外見に似つかわしくない可愛い声を上げて、その場で尻モチをついた。
〈ハニー〉「あ〜ら、ゴメンあそばせ。」
ハニーには計算通りだったらしい。みょうばんに嫌味で気取ったポーズをとった。
〈ミハル〉「こうぉぉらハニィィっ!戻ってくるとは良い度胸だよ!」
ミハルはウテナへの攻撃を止めて、ハニーに飛び掛かっていった。背後からの不意打ちだったにも関わらず、ハニーはとんぼを切って軽々とその攻撃をかわした。
〈ハニー〉「来いっ、ヒストラー!」
如月ハニーなのに、彼女はマジ顔で手刀を構えた。
〈ミハル〉「ウリャリャリャァ〜っ、覚悟〜っ!!」
ミハルは、大きくクマデを振りかぶって飛び掛かってくる。クマデが命中する寸前に、ハニーは素早く横にかわしてミハルの横に立った。攻撃が当たったはずのハニーがいないので、ミハルはその場でバランスを崩して前のめりになった。相当力んでいたらしい。余裕の笑みを浮かべ、ハニーはお尻でミハルの身体を押した。
ボイン!
〈ミハル〉「ふぎゃあっ!」哀れ、ミハルは顔面から地面に倒れ込んでしまった。
グシャッ!
〈ハニー〉「さ、行きましょ。」
呆気に取られているウテナの手を取り、ハニーは校門の方へ駆け出した。
《公園で待ち合わせ》
〈若葉〉「う〜ん、結局みょうばんに見つかってしまったわね。明日学校で大変よ!」
〈ウテナ〉「そうだね…どうしよう。」
ウテナ達は、ハニーと共に公園の中を歩いていた。レンガ畳の道の左右に、色とりどりの花が植えられた花壇が続いている。アンシーは、何事もなかったかのように、肩の上のチュチュとじゃれ合いながら、彼女達の後を付いて来ていた。
〈ハニー〉「大丈夫よ。お姉さんに任せておきなさい!」
ハニーは、全く気にしていない様子だった。
〈ウテナ〉「任せておきなさいって…どうするんですか?」
やはり先生に明日怒られる事とか心配するのが普通である。
〈ハニー〉「ンー…理事長代理と掛け合おうかな。」
ハニーは、どうも適当に答えている様である。花壇の花を見ながら、あたりに眼を配っている。
〈ハニー〉「色仕掛けかなんかで。」
〈ウテナ〉「エー!色仕掛けですか?!ダメですよそんなの!!」
ウテナは真に受けて驚いた。何故か顔が赤くなっている。
〈ハニー〉「…駄目カシラ?」
ハニーは、ウテナの顔を面白そうに見た。
〈ウテナ〉「ダメです!ダメです!ダメですよ!!」
ウテナの顔は、益々赤くなった。両手を振って、オーバーなジェスチャーをしている。
〈ハニー〉「ウフッフッフッフッフッ…」
ハニーは、声を出して笑い出した。
〈ウテナ〉「姫宮ぁ、こんな事言ってるけどどうすんのー?」
ウテナは、呆れてアンシーの方を振り返った。
〈アンシー〉「エー、なんですか?」
アンシーはチュチュと遊んでいて、二人の会話を聞いていなかったようだ。
〈ウテナ〉「ハニーさんが、暁生さんを誘惑するって…」
アンシーは、チュチュを自分の手の上に乗せ、
〈アンシー〉「いいんじゃないですか。別に。」
と、事もない様にサラリと言った。
〈ウテナ〉「いいんじゃないですかって…いい訳ないじゃん!!」
ウテナは、アンシーの反応に更に驚いてしまった。
〈ハニー〉「アッハッハッハッハッ…」
ハニーの笑い方が激しくなった。
若葉は呆れて、ウテナの耳元に口を寄せた。
〈若葉〉「…バカね。冗談に決まっているじゃない。」
〈ウテナ〉「エッ!冗談なの?!」
ウテナは、若葉の声で我に返った。ハニーにからかわれているのが解って、ムッとしてきた。
〈ウテナ〉「ヒドイなぁ、ハニーさん!子どもをからかって!」
〈ハニー〉「アッハッハッハッ…ゴメンなさいね。フッフッフッ…」
ハニーは、涙を流して笑っていた。ウテナのムッとして頬を膨らます仕種が可愛らしかった。
〈順平〉「あっ!ハニーお姉様!」
〈団兵衛〉「ハニーちゃんやーい!」
公園の噴水のある中庭で、早見親子はハニー達を待っていた。二人共待ちくたびれたのか、彼女達を見ると交互にその場で飛び跳ねて手を振った。
〈順平〉「遅い!遅いよぉ〜っ!」
〈団兵衛〉「ワシ達待ちくたびれたぞ〜ぃ!」
もうハニー達が歩いてくるのも待てないのか、その場へ駆け寄ってきた。
〈ハニー〉「ごめんなさい。校門でヒストラーにつかまってしまって。」
〈順平〉「ゲッ!あの先生もここにいるの?!」
順平の顔が一瞬青ざめた。
〈団兵衛〉「ささっ!早く行かねばすぐに日が暮れてしまいますぞ!」
団兵衛は立ち話をしている時も惜しいらしく、ハニーとウテナの背中を手で押して促した。
〈団兵衛〉「アンシーちゃぁ〜ん!参ろうかのぉ!」
団兵衛は、アンシーが気に入った様である。子どものように彼女の腕にしがみついた。
〈アンシー〉「は〜いはい、参りましょうねぇ〜。」
アンシーは、オジサンの扱いに慣れているのだろうか。まるで幼稚園の先生である。
〈団兵衛〉「参りましょう!参りましょう!」
団兵衛は、張り切って先を歩き始めた。
〈順平〉「参りましょう!参りましょう!」
順平は、何故か若葉の手にしがみついた。
〈若葉〉「なぁ〜に、この子?」
《ミッキーのケーキ屋さん》
団兵衛に急かされるように、ウテナ達は商店街に来ていた。石畳に銀杏の並木道、左右にはヨーロッパ調の洒落た作りのお店が軒を連ねている。早見一家は、物珍しそうにキョロキョロとあたりを見回していた。
〈ハニー〉「ねぇ、どっかに美味しいケーキ屋さんないかな?」
ハニーもゆったりとウィンドウ・ショッピングを楽しんでいる。
〈若葉〉「あ、こっからだったらミッキーがよくいるケーキ屋さんがあるよ。お茶も飲めるし。」
〈順平〉「ああ、いいですね!そこにしましょう!ぼくもお姉様とゆっくりお茶なんて飲みたいなぁなんて思っていたんですよ!」
順平は、まだ若葉の腕から手を放していなかった。実に楽しそうに、跳ねるように歩いている。
〈ハニー〉「よし!じゃあまずはそこへ行こうか!」
〈団兵衛〉「よしよし、行きましょう!アンシーちゃ〜ん!」
〈アンシー〉「ハイハイ、行きましょうねぇ〜。」
アンシーは、団兵衛に手を引かれながら先を歩いていった。
〈梢〉「アラ…」
若葉に案内されて、ハニー達が店に入ってくると、喫茶コーナーのテーブルに梢が一人でアイスティーを飲んでいた。
〈ウテナ〉「梢ちゃん…何しているの?」
本来、今は午後の授業中である。もっともウテナ達も人の事は言えないが。団兵衛と順平は、チュチュのようにケーキの入ったガラスケースに張り付いて、何を食べようかと物色していた。口々に気になったケーキを言い合って、そのたびにガラスケースに付いた二人の頭の位置がクルクルと移動する。いや、チュチュも含めて二人と一匹…。
〈梢〉「…待ち合わせなの。あんた達こそ何よ。」
梢は特に動じた様子もなく答えた。
〈ハニー〉「チョットみんなで遊ぼうと思ったのよ。」
ハニーも気軽にそう答えた。
〈ハニー〉「ここ、いいカシラ?」
丸いテーブルの梢の向かい側に、ハ二―は座った。ウテナと若葉がその左右に座り、アンシーは横のテーブルの席に着いた。アンシーがチュチュの方を見ると、チュチュは団兵衛達と一緒になってウエイトレスにケーキの注文をしていた。2、3個食べるつもりらしい。
〈ハニー〉「ここでは、どのケーキが美味しいカシラ?ちょっとお土産を買わなきゃいけないのよ。」
ハニーは、メニューで紅茶を選びながら梢に聞いた。
〈梢〉「…ブルーベリーのケーキが美味しいって、幹が言っていたわ。」
梢はハニーの顔を見ていなかったが、悪い気はしていない様であった。
〈ウテナ〉「でも梢ちゃん凄いねぇ。みょうばんは、授業サボっている生徒はいないって言っていたのに。」
若葉はウェイトレスを呼んで、ハニー達の紅茶を注文した。団兵衛達は、まだケーキのケースにへばりついて、自分達の注文したケーキの大きさまで物色している。
〈梢〉「別に私だけじゃないわ。みんな結構やってるわよ。ただ担当の先生が報告しないだけでしょ。」
仮に知られたとしても、梢にはどうでも良い様であった。アイスティーに浮かぶ氷を、何気なくストローで突付いている。幼さの残る可愛い顔に、赤いリップが何故か浮いている感じがする。しかしウテナもハニーも、彼女の仕種を見とれるように眼で追っていた。
〈ウテナ〉「待ち合わせって…誰と?」
ウテナの質問に、梢はやや不快な顔をした。
〈梢〉「別に誰だっていいじゃない。それより…」
梢の大きな瞳は、一瞬ハニーと目線を合わせてその後方に向けられた。
〈梢〉「あの大男は、あんたの知り合いでしょ?」
〈ハニー〉「えっ?」
ハニー達は後ろを振り返った。
〈若葉〉「きゃあ〜っ!」
若葉は思わず声を上げてしまった。
両目の下に「Y」字の傷のある大男が、サ店のウィンドウに凄い形相でへばりついてこちらを見ていた。あまりに大きくて、ウィンドウの全面がその大男に覆われてしまっている様であった。
〈ハニー〉「な、直次郎!」
〈梢〉「早く声掛けてやんないと、あのガラス割っちゃうかもよ。」
梢は何事もないかのように、ストローに口を当てた。本当に直次郎の圧力で、ウィンドウのガラスはギシギシ音をたてていた。ハニーは信じられない高速で、ケーキ屋の表へ走っていった。
〈ハニー〉「な、直次郎…中に入ったら?」
〈直次郎〉「お、おう姉さん?」
〈順平〉「ほうほう、ウマイウマイ!」
順平は、皿に盛られたケーキをガツガツ口に放り込んでいた。
〈アンシー〉「ハーイおじ様、ア〜ン…」
〈団兵衛〉「ア〜ン…」
団兵衛だけは何故かナプキンを首から下げて、アンシーにフォークで運んでもらったケーキをパクリと食べた。実に嬉しそうであった。チュチュはケーキに穴を空けて潜りつつ、それを平らげていく。
〈直次郎〉「す、すまねぇな。昼メシ食ってなかったからよぉ。」
直次郎のテーブルには、一面ケーキとサンドイッチが乗っていた。しかしそれらを彼は指でつまんで、一口で食べていった。まるでにぎりでも食べているように見える。
〈ウテナ〉「…サ店でどんだけ食うんだ、このオッさん。」
ウテナは、勘定が心配になった。
〈直次郎〉「大丈夫よぉ!俺はこう見えてもお坊ちゃんなんだぜぇ〜!」
直次郎の声は、普通に話していても自分のテーブルが振動するほどのものであった。自分の分を払ってくれるのなら、ウテナも文句はなかった。
〈梢〉「あんた達、これからどうするの?」
梢は頬杖を突きながら、直次郎の食いっぷりをなんとなく見ていた。
〈ハニー〉「う〜んどうしようかな?あっ、樹璃さんの言ってたボウリング場に行こうか?」
〈ウテナ〉「あっ、いいですねぇ、ボウリング。」
ウテナも若葉も、賛成の様であった。
〈ハニー〉「梢ちゃんも来る?」
ハニーはついでに彼女を誘ってみた。
〈梢〉「フフ、そうね。どうせ暇だし、付き合おうかな。」
梢はその場で両手を上げて背を伸ばした。何か嬉しそうであった。
〈ウテナ〉「でも待ち合わせしてるんじゃないの?」
ウテナは心配して聞いてみた。
〈梢〉「いいのよ。どうせ友達でも彼氏でもないし。」
梢は、席をスッと立った。
《vs天上ウテナ(ボウリング対決)》
樹璃の通うボウリング場は、何故か天井からシャンデリアが吊られた洋館造りの豪華な内装の建物だった。
〈ウテナ〉「はぁー…これがなんでボウリング場なんだろう?」
ウテナも若葉も始めてくるのか、頭上の装飾をキョロキョロと見上げながら金ピカのエスカレーターを登った。団兵衛はアンシーの手を、順平は若葉の手を頬擦りしながらまだ握っていた。受付に付くと、何故かホテルのボーイのような男が彼女達を見てニッコリと笑って言った。
〈受付の男〉「如月ハニー様ですね。」
〈ハニー〉「エッ、私?」
ハニーはいきなり知らない人に名を呼ばれて驚いた。
〈受付の男〉「有栖川様より、御連絡をいただいております。」
〈ウテナ〉「じゅ、樹璃先輩が…」
〈若葉〉「予約を…?」
ウテナ達には訳が解らなかったが、樹璃は彼女達がここに来る事が判っていたらしい。
〈受付の男〉「よろしかったら、これもお使い下さいとの事でした。」
男が差し出したのは、ボウリングに使うサポーターだった。手首を保護する金具が付いている…樹璃専用の物らしい。
〈ハニー〉「これは、ウテナちゃんが使いなさい。」
ハニーは、何気なくそのサポーターをウテナに渡した。受け取ったウテナは、何故か身体から気力が湧き出てくるのを感じていた。
今度はこの人に勝とう!≠サの時、ウテナはそう思った。
〈ウテナ〉「…よし!」
ゲームは二人ずつペアのチームになって、2ゲーム行う事となった。ハニーは団兵衛と、ウテナはアンシーと、若葉は順平と、梢は直次郎とチームになった。
〈ハニー〉「ねぇ、ここのゲーム代賭けない?」
2チームずつ隣同士で2つのレーンに付くと、ハニーは言った。
〈直次郎〉「よし!その話乗った!」
直次郎は自信満々の様である。
〈若葉〉「エーッ?!そんな…まぁ別にいいけど。」
〈ウテナ〉「異議なし!」
お金が掛かった事で、ウテナの闘志に更に火が点いたようだった。直次郎達は良く知っているが、ハニーは勝負事が好きなのである。しかし今回は、ウテナとのゲームを楽しむ為だったのかもしれない。
〈ハニー〉「じゃあ、先に行くわね。」
ハニーは、オレンジのレディス用の球を持つと、実に軽くレーンに転がした。
〈ハニー〉「ヨッ!」
球は回転を加えながらカーブを描き、スルスルッと中央のピンへ走っていった。
パカーン!
ピンは乾いた音と共に、綺麗に全部倒れた。
〈ハニー〉「あら、ストライクだわ。」
ハニーは意外だったのか、その結果に喜んでいた。
〈アンシー〉「あらまぁ…。」
〈ウテナ〉「…凄い。」
〈ハニー〉「なんか今日はついているのカシラ?」
〈団兵衛〉「やったのぉ、ハニーちゃん!」
ハニーがシートに座ると、団兵衛が彼女の両手を握ってきた。ウテナとハニーは同じレーンだったが、ウテナの気の高まりは傍にいても感じ取れるほどになっていた。ウテナが緊張した顔で席を立つのを、ハニーは楽しそうに見つめていた。
〈アンシー〉「ウテナ様、しっかりー!」
〈ウテナ〉「うりゃああっ!!」
ウテナは、思いっきり気合いを込めて球をスルーした!
ガコン!
〈ウテナ〉「ありゃ?!」
力み過ぎたウテナの球は、レーンの横の溝に落ちた。
この2ゲームの間、ウテナとハニーの二人は200を越えるハイスコアで一進一退の競い合いをしていた。
〈ウテナ〉「とりゃああっ!」
始めこそはずしたが、ウテナは10本のピンを倒し続けた。
〈ハニー〉「ホッ!」
闘志あふれるウテナの投球に対して、ハニーは実にリラックスした物だった。しかしフォームは美しく、その球筋は確実に10本のピンを倒していた。
〈ウテナ〉「とおおっ!」
バッカーン!
〈ハニー〉「ハイ!」
パッカ〜ン!
ウテナがストライクを出すと、ハニーもストライクを後で出した。スペアの後はスペア。その内二人の雰囲気で、ギャラリーが周りに出来ていた。
その間アンシーはというと…
ポテン!
〈アンシー〉「ああ〜、また落ちてしまいました。」
両手を頬に当て、可愛くポーズを取った。
〈団兵衛〉「いかん、いかんのぉ!アンシーちゃ〜ん。」
何とか言いながら、団兵衛は彼女の足なんかを触っていたりする。
〈団兵衛〉「どれどれ、今度こそ早見流投球術の奥義をば!」
本当にそんなものがあるのか。
〈団兵衛〉「てぇぁぁっ!」
気合いもろとも投げられた球は、ノロノロと隅のピンを一本倒した。
ポコン
〈団兵衛〉「あれま。」
その内チュチュがアンシーを突付いて、何か彼女に訴えた。
〈アンシー〉「えっ!あなたも投げたいの?」
〈ウテナ〉「おっ!やるねぇチュチュ!」
子ども用の球を使っても、チュチュには大きすぎる。サル用のボールなんてないと思うが…何故かこのボウリング場にはあった。しかしそれでもチュチュには大きく、彼は両手でそのボールを持ち上げてレーンに立った。
〈チュチュ〉「チュッ!チュッ!チュッ!チュッ!」
顔は血が上って真っ赤になっていた。
〈ハニー〉「チュチュちゃん頑張って〜!」
〈チュチュ〉「チュウウ〜ッ!!」
チュチュ渾身の投球は、ピロピロと音を立てながらピンの中央へ転がった!
ポカーン!
何と全て倒れた。
〈アンシー〉「まぁぁ!凄いわチュチュ!」
アンシーは感動してチュチュを抱き上げた。
〈ウテナ〉「うひゃぁー!スッゴイなチュチュ!!」
〈ハニー〉「オジ様よりウマイね。」
チュチュは自慢気に腰に手を当て胸を張った。
〈チュチュ〉「チュッ。」
〈団兵衛〉「…なんじゃこのサルは?」
〈梢〉「ちょっとあんた!自信があるんじゃなかったの?!」
梢は、ペアの直次郎を見上げながら怒っていた。
〈直次郎〉「い、いゃあすまねえ。こんな筈じゃあなかったんだけどなぁ〜。」
実は直次郎は、ボウリングなんてした事がなかった。まして彼のゴツイ指が入る球なんてありはしない(サル用の球があるのに笑)。彼が持つと、砲丸投げの球のように見える。
〈直次郎〉「大体こんな球を転がすって言うのが気に入らねぇ!チンタラせずに直でぶつけりゃあいいんだよ!」
何と直次郎はレーンで野球の投球ホームを取った。
〈直次郎〉「てりゃああっ!!」直次郎の投げた球は、レーンの板には落ちず、真っ直ぐにピンへ飛び込んでいった。
ドッカ〜ン!!
ピンは全て飛び散った。
〈梢〉「きゃああ!すっご〜い!」
〈直次郎〉「どうでい!こうすりゃあこっちのもんよ!」
梢は、無邪気にその場で手を叩いて面白がった。
〈直次郎〉「どんどん行くぜぇ〜、ウリャアア!」
ドッコ〜ン!!
それまでロクでもないスコアだった直次郎は、これから持ち直し始めた。しかし程なく、係員が血相を変えて駆けつけてきた。
〈係員〉「おっ、お客様困ります!レーンの機械が壊れてしまいますよ!」
ピンもボコボコになっているかもしれない。
〈直次郎〉「チェッ!なんでぃ…」
直次郎が本気で球を転がすと、今度はレーンの板がヘコんでしまう。やはりソロリと始めのように投げるしかなかった。
ゴトン!
〈梢〉「あ〜あ…」
その中で一番スコアを稼いでいたのは、実は若葉と順平のペアだった。二人共そこそこボウリングが出来るからである。
カーン!
〈若葉〉「ヤッター!全部倒したワ!」
〈順平〉「やりましたね、お姉様!僕感激ですぅ!」
二人の両手タッチの息が合って来ていた。
ウテナは、結局ハニーに勝つ事が出来なかった。ハニーは、ウテナの出したスコアの数本上を確実に出していた。もしかすると、彼女ならオールストライクも出せたかもしれない。
《メモリーズ》
〈梢〉「…で、結局私達の負けって事ね。」
梢はうんざりした顔で言った。
〈直次郎〉「面目ねぇ…」
途中口も聞いてもらえなくなって、直次郎は彼女の御機嫌取りに苦労していた。受付に行くと、支払いは無用との事だった。樹璃が出してくれるらしい。
〈ハニー〉「じゃあ、次のサ店代ね。」
ハニーは、賭けの分をチャラにするつもりはないらしい。直次郎は、モジモジしながらハニーに寄っていった。
〈直次郎〉「あのよう姉さん。実は俺、さっきのケーキ屋で有り金ほとんど使っちまってよぉ…。」
メシみたいにあんなにケーキ食うからだよ!
ウテナは呆れてしまった。
〈梢〉「いいわよ。…私が出すから。」
<ウテナ>「いゃあ、いいのかなぁ。ボクは別にいいよ。」
ウテナは、梢に気を使ったつもりだった。
〈梢〉「お金ならちゃんと持っているわ。…野生動物だからね。」
<ウテナ>「?」
<若葉>「ねえねえ、あそこにプリクラあるよ!」
若葉は、ウテナの袖を引っ張った。
〈若葉〉「みんなで撮ろうよ!」
<順平>「ああ、いいですね!お姉様とツーショットで…」
<団兵衛>「何っ!ワシだってアンシーちゃんとツーショットで…」
団兵衛と順平は、何故か彼女達の手を握りながらいがみ合った。
<ウテナ>「ハイハイ!みんなで撮りましょうね!」
ウテナは、二人を摘み上げてプリクラの場所まで運んだ。
<若葉>「…でも、みんな入らないわね。」
と言うか、直次郎だけデカ過ぎて入らないのである。
<直次郎>「こんでどうだ?」
ギギギギギギィィ…
直次郎は両手でプリクラの機械を掴むと、それを頭上に持ち上げた。
<ウテナ>「うひぁー、すげえ!」
<若葉>「見上げてプリクラ撮ったのって、始めてだわ。」
若葉はつま先立ちで背伸びして、頭上のプリクラの機械にお金を入れた。
ハニーを中央にして、ウテナとアンシーは彼女の両脇に、若葉と梢はその間から顔を出して、団兵衛と順平はハニー達の前に並んだ。
<ウテナ>「ハイ、チーズ!」
機械のカウントと共にフラッシュが点いた。
〈直次郎〉「なんでぃ、俺は結局制服だけかよ!」
直次郎はアゴの先だけ、プリクラのシールに顔が入っていた。
あたりはすっかり夕日の色に染まっていた。あの後も街を散策して、学園では下校時刻を過ぎていたのだった。
〈アンシー〉「申し訳ございません、ウテナ様。私が忘れ物を取りに行くだけですのに。」
そろそろ寮に戻ろうかとなった時、アンシーは学園に寄ると言い出した。
<ウテナ>「別にいいよ。どうせ帰り道の途中だし。」
結局、皆一旦学園に行く事になった。
<直次郎>「すまなかったなぁ、お嬢ちゃん。サ店代出してもらってよぉ。…後でちゃんと返すからな。」
直次郎は、後ろで遅れて歩く梢に声を掛けた。
〈梢〉「ああしんどい!今日は歩いてクタクタだわ。」
梢は直次郎の言葉には応えずに、その場で立ち止まってしまった。
〈ハニー〉「…直次郎、今日は梢ちゃんに世話になったんだから。」
ハニーは、直次郎の脇腹を軽くヒジで小突いた。
〈直次郎〉「…そうだな。よっと!」
直次郎は無造作に梢の腰を両手で掴むと、そのまま持ち上げた。
〈梢〉「うわわわわっ!何?!」
突然持ち上げられた梢は、その場で足をバタつかせてもがいた。しかし直次郎は手を放さず、梢を自分の右肩の上に乗せた。
〈梢〉「ちょっと何するのよ!降ろしてよ!」
梢は直次郎の頭を手で押して下に降りようとしたが、彼のゴツイ手で掴まれてビクともしなかった。
〈直次郎〉「暴れんなよ!このまま家まで送ってやるからよ。」
直次郎は、梢を肩に乗せたまま歩き出した。少しムッとしたが、梢は従う事にした。歩き疲れていたのは本当であった。
〈梢〉「アハハ…でもここ良い眺めだよ。」
いつもより2メートルほど高い視点である。見慣れた場所も面白く見えるらしい。梢の機嫌が直ったようだ。浮いた両足をパタパタさせて、周りの景色を見回し出した。
〈若葉〉「エーッ!どれどれ?私も乗っけて!」
若葉も子どものように乗りたがった。
〈ハニー〉「直次郎。」
〈直次郎〉「ハイよ。」
直次郎は若葉を左肩に乗せた。
〈ハニー〉「ウテナちゃんも乗る?」
〈ウテナ〉「い、いゃあ。ボクはいいですよ。」
〈若葉〉「うわぁーっ!ねえねえウテナ、結構いいよこれ!」
若葉も足をパタパタさせてはしゃぎ出した。
〈直次郎〉「それっ!」
〈ウテナ〉「うわぁぁっ!」
直次郎はウテナも両手で掴むと、そのまま頭上に差し上げて肩車をした。何とも人間離れをした動作をする大男である。
〈ウテナ〉「へぇー!結構いいね!」
ウテナも馬かラクダに乗っているような気分になっていた。
〈アンシー〉「どうですか、ウテナ様?」
アンシーは頭上を見上げ、チュチュを両手でウテナに差し上げた。
〈ウテナ〉「うん、いいよ。」
ウテナはチュチュを受け取ると、直次郎の帽子の上に乗せた。ハニー達も、嬉しそうに彼女達を見上げていた。
〈順平〉「い、いゃあ…僕はここからの眺めの方が最高だなぁ〜。」
順平はローアングルで見える梢のスカートの下を、鼻の下を長くして見上げていた。
〈団兵衛〉「これ順平!己だけ良い思いをしおって!」
団兵衛もアンシーの手から離れて、順平に並んだ。
〈梢〉「これ少年!タダで女のこの下着を見てはイカンよ!」
梢は、右足を蹴り出して順平達を牽制した。
〈若葉〉「そうそう!タダ見はダメよ!」
若葉も右足を蹴り出して順平達を牽制した。
〈ウテナ〉「オイオイ…」
《薔薇の伝言》
〈ウテナ〉「もういいの、姫宮?」
下駄箱で待ち合わせたアンシーが戻ってきた。ウテナ、ハニー、若葉達は女子トイレに制服を取りに行った。
梢と直次郎達は、校門の前でウテナ達を待っていた。
〈梢〉「今日は楽しかったわ。バァ〜イ。」
梢は直次郎にウィンクすると、一人先に帰って行った。直次郎は、一人ニヤニヤして彼女に手を振った。
〈アンシー〉「ええ、すいませんでした皆さん。」
ハニーと若葉は出口のあたりで待っていたが、ウテナは廊下側で一人アンシーを待っていた。
〈ハニー〉「じゃあ、帰りましょうか。」
ハニーがウテナの方へ来た。
〈ウテナ〉「はい。」
ウテナは、靴を履きかえる為にロッカーの扉を開けた。
〈ウテナ〉「…ハニーさん、すいません。先に帰っていて下さい。」
〈ハニー〉「?…どうしたの?」
ウテナのロッカーには、メッセージカードが入っていた。
エンゲージする者へ 決闘広場で待つ |