
ジェリド=メサ〜はしゃぎすぎた奴?〜
「Zガンダムヒストリカ」によると、ジェリド=メサの「いきなりの死」は、「バブル経済」などで時代の波に乗って「はしゃいだ人たち」の「成れの果て」なのだそうだ。そういう解釈をするには、あまりにもその描写が少ない様に感じる。筆者が「ZG」で感じるテーマは、『干渉し合う人間関係』である。劇中にも「死人に引っ張られる」というセリフがあったりと、表立っては言わないが「霊的なもの」も含めての話かもしれないと感じている。ジェリドに関してはそれほど深いものではなく、例えば「スポーツ界」などで「一人の天才」を中心に他の選手たちが、「ライバル関係」として全体的に成長していく様な出来事であったのではないかと解釈している。
「スポーツ競技」の世界には、「勝者」と「敗者」が必ず存在することになる。「スポーツ競技」の世界ならば、例え「敗者」になった者でもそれまでの努力なりがその者の人生の「糧」となってくれるだろうが、これが「戦争」となると、「敗者」は「死者」になってしまう。「一人の男の子の名前を笑った」が為に、ジェリドは「カミーユ=ビダンという才能」に引っ張られて、「本来以上の力」を手に入れたが、結局哀れ、その「天才に敗れてしまった」のだった。
<ジェリド>「カミーユ、お前は俺の・・・!!」
そのセリフを言い切らないまま、ジェリドは「死者」になってしまう。
<ジェリド>「カミーユ、お前は俺の何だったんだ?!」
カミーユを追いかけることによって、強くなることが出来たジェリド。TV版でもラストあたり、バイアランを操る彼は、エゥーゴのネモなどを全く寄せ付けないほど強かった。しかしそれは、「ニュータイプを相手にしなければ」だったのであろう。自分をそこまで引き上げたのは、カミーユによるものであったとジェリドは意識していた。しかし、結果呆気なく同じ相手によってその力は「刈り取られる」ことになる。
<ジェリド>「カミーユ、お前は俺の何だったんだ?!」
その言葉には、「カミーユ、俺はお前の何だったんだ?!」という問いかけがあったのかもしれない。
はっきり言って「何でもない」。他者から見ると、その人の人生なんて「何でもない」。時は坦々と流れるだけである。
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